第50話
朝食後の、『シェアハウス深森』のリビングにて。
冬休みに入った司君と私は2人で、テーブルの上にある白い用紙を見つめながら厳かな会議を始めている。
「1月、初詣!」
「2月、バレンタイン」
「3月、お花見!」
「4月、う~ん、遊園地…?」
「5月、ゴールデンウィークはみんなで温泉旅行とか!」
「6月、映画館。雨が降るから」
「7月、海水浴!」
「8月、花火大会!」
「9月、公園デート」
「10月、ハロウィン!」
「11月、プラネタリウム!」
「12月、クリスマス!」
台所にいた胡桃がカウンター越しに、テーブルに横並びで座る司君と私の会話に、急に割って入ってきた。
「ねえねえ、さっきから二人で何をブツブツ喋ってるの~?」
「デートの、年間予定表を作っているんです!行きそびれる場所が無いように今から綿密な計画を立てておかないと…!」
司君が意気込んで答えると、冷蔵庫から牛乳を取り出しながら胡桃は、呆れたように首を横に振った。
「うわぁ~…。相変わらず幸せオーラ全開だね~!良かったねぇ沙織。こんなに前向きな彼氏が出来て」
「うん、胡桃は?ラグビー部の森君と、演劇部の赤坂君とはどうしてるの?」
「…胡桃さん、もしかして彼氏が2人いるの…?」
司君に聞かれ、立ったまま牛乳を飲んでいた胡桃は首を横に振った。
「まさか!まだどっちとも付き合ってないよ~?二人からは良くデートに誘われるだけ」
「…な~んだ」
「な~んだとはな~んだ!」
「…そんな状態が一年くらい続いているみたいだけど」
私は興味深く胡桃を見つめた。相変わらず、彼女はいつもマイペースを貫いている。
「毎日が忙し過ぎちゃってね、なかなかソッチ方面は進展しないわけよ~。司君と沙織が羨ましいったら無いわ、ホ~ント」
やれやれとため息をつく胡桃を見ながら、司君と私は顔を見合わせて笑った。
急に私たちの背後から、声がかかった。
「…ゴールデンウィークは『未来志向』が稼ぎ時だからね、仕事を休めるかどうかわからないけど…」
高野さんがテーブルの上にある『年間デート予定表』を、腕組みしながら見つめている。
「燈子さんこれ見たら嬉しそうに、車を出せって言いそうだからね…今からちょっとシフト調整、考えてみようか…?」
「やった!」
「約束ですよ、高野さん」
そこに、黒いナイトガウン姿の燈子さんが『燈子さん用ドア』からあくびをしながら現れた。
「…何事だい、朝っぱらから」
燈子さんはこちらに近づいて『年間デート予定表』を私の背後から覗き込み、
「温泉地なら、いい所を知っているよ。ゴールデンウィークは高いけど、知り合いがツテで安くしてくれる」
5月の部分を指差しながら、
「…どうせ行くなら2泊くらいしないとね」
と、ニヤリと笑った。
「ほら!」
過去に経験があるらしい高野さんが、
「麻雀牌、車に積んでね…」
言わんこっちゃ無いという声色で
「行こうか、皆で。でも、ちゃんと燈子さんに付き合って、朝まで麻雀やらなきゃ駄目だよ?」
ため息交じりにこう言った。
「そうそう!やっぱ麻雀と温泉、あと卓球!」
胡桃が嬉しそうに、バンザイしながらそれに賛同する。
「僕、卓球やった事無いです…」
司君がそう言うと、
全員、ぎょっとして彼の方を見た。
「…………えええええっ?!!!!!」
「……………そんな人いる?!!!!」
「……………負かすチャンスだわね」
燈子さんの目がきらりと光った。
司君は燈子さんの挑戦を受けて立った。
「僕、負けませんよ?…ゲームは得意です」
今からゴールデンウィークが待ち遠しくなりながら、私は思いっきり笑ってしまった。
そして。
今日の夜は全員、特に予定が無かった様子。『シェアハウス深森』のリビングでは。
恒例の、麻雀大会が始まった。
「カン!」
高野さんが叫ぶ。
「ええ?!!!ちょっと高野さんマジでやめて~、それドラなんですけど…?!!」
胡桃は自分が捨てようとしていた『
「いいから、早くそれをこっちによこしなさい…」
胡桃はしぶしぶ『東』を高野さんに渡した。
この光景、前も見た事がある様な…。
「…………う~!!もう絶対絶対、高野さんにはあがらせてあげない!!」
ゲームに参加していない燈子さんは、頼まれてもいないのに司君の後ろに座り、彼の鮮やかな手さばきを見つめながら、所々助言をしたりして楽しんでいる。
「…この場合はね、一旦様子を見るんだ。無理に手を作ろうと思っちゃ駄目だよ…。あっという間にあの男に殺されてしまうからね」
「はい!」
「燈子さん、俺を『あの男』呼ばわりしないで下さい。傷つきます」
高野さんは燈子さんに抗議した。
「ちょっと燈子さ~ん!どうして司君の味方するんですか!ただでさえ司君は強いんだから、私の後ろでアドバイスして下さいよ~」
胡桃が文句を言うと、燈子さんは
「まだまだこの子は麻雀初心者だからね。…それに面白いじゃないか。この子がどのくらい強くなるのか興味があるし、倒しがいがあるというものだ」
と、楽しそうに返事をした。
あ!
何だかいい感じ!
私は誰にも知られず手の内が出来上がり、
ドキドキしながら次の瞬間を待った。
司君が、
キラキラ輝くイーピンを捨てた瞬間、
「ロン!」
私は叫んだ。
「…………
「…………マジ?」
「…………役満…!」
「…………すごいじゃないか!」
「…………やったあ!!」
私は立ち上がってガッツポーズを見せた。
その途端、司君に
恨みがましい目つきで睨まれた。
「…………ひどいよ、沙織さん!」
私は彼に、意地悪く笑いかけた。
「これはゲームだからね、司君!」
やっと私、司君に
一泡吹かせる事が出来た!
今日のゲームは、
四暗刻のお陰で私の一人勝ちとなった。
「…ゲームで沙織さんに負けるなんて…!」
見たことの無い悔しそうな表情の司君に、全員が大爆笑。
次に全員揃って麻雀出来る日はいつだろうとカレンダーを見ながら相談し、今日一日が終了した。
夜の11時。
お風呂から上がった私を、部屋の前で司君が待っていた。
意味深な微笑みを浮かべながら。
「沙織さん、どんな感じのがいい?」
「…何が?」
「麻雀で僕に勝ったご褒美あげる」
「…え?」
「…目を瞑った方がいい?それとも」
彼は私の部屋のドアを開けた。
「目を開けたままの方がいい?」
そして私の肩を抱いて部屋へと入り、
内側からドアを閉め、
私の唇にキスをした。
「…あ」
「…………」
「……答え聞く前に、しちゃった」
…………もう!!
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