第39話


「………!!」


「………!」


「………」


 皆はぎょっとして、こちらを見た。


 私はサンタ衣装を腕まくりし、テーブルの上にあるチキンを取って、豪快にかぶりついた。


「ずっと人を振り回しておいて、突然目の前からいなくなるなんて!!!」


 とても怖かった。

 出会った日から、ずっと。


 司君が目の前からいなくなった時に、自分がどうなってしまうのかを想像しただけで、ぞっとするくらい。


 それほど私にとって、司君との毎日が

 かけがえのない、宝物だったのだ。


 私はサラダとローストビーフに夢中でかぶりつきながら、ケーキやクッキーなどが並ぶお菓子コーナーをじろじろと盗み見た。


 こうなったら、とことんやけ食い!!


 何を食べてもいいんだから先に、甘い物から食べたっていいよね!!!今日は無礼講なんだから。


「沙織~…大丈夫?!」

 胡桃が狂った私の様子を見て、心配して声をかけてくれている。


「うん!胡桃も食べよ!!!」


 ごめんね、心配かけて。何かに夢中になっていないと、涙が出そうになる。


 高野さん特製のクリスマスプディングには、一番ラッキーな人にだけ当たるコインが1つだけ入っている。誰がそのひと切れを取るかワクワクしてしまうそのゲームを、私はとても楽しみにしていた。


「一緒にゲーム、したかったな…」


 私がボソッと呟くと、燈子さんがすかさず

「なんなら今から麻雀でもするかい?」

と言った。


 高野さんが燈子さんに向かって、ぶんぶんと首を大きく横に振った。


「燈子さん今日は潔く、麻雀を諦めましょう!有沢さんそれどころじゃ無さそうだし、きっと白井君と一緒にゲームがしたいという意味でしょう!」


「わかってるよ!そんな事!…場を和ませるために言ったんじゃないか!……そんなに会いたいなら、探しに行けばいいだろう?」


 …探しに…?


 …司君を…?


「燈子さん、居場所知ってるんですよね?」

「教えないよ?」


「お願いですから教えて下さい!」

「無理だね」


「でも、探すのはアンタの自由だ」

「………!」


 探したい。司君を。


 そっとしておいてあげるなんて、

 私の方が、とても無理。




 司君の事以外、もう何も考えられない。




「行きます。探しに!」


 私は決心した。


「今日はもう遅いし~、今からじゃ危ないんじゃない?」

 胡桃が心配そうに腕組をする。


「うん…そっか、そうだね」

 

 サンタ姿の燈子さんは、黙って私を見つめている。


「…元の家に帰ったのかな…司君」


 神原彩架月先生が住んでいる家へ。


 『色々あった』って言っていたから、

 戻りたかったのかは、わからないけど。


 高野さんは急に思いついた様に、ぽんと手を打った。


「明日の夜なら空いてるから、車で連れて行ってあげようか?神原先生のお宅に」



















 翌日の日曜日の夜。


 私は高野さんの車に乗せてもらい、司君が以前住んでいた神原先生のお宅に向かっていた。


 助手席から眺める景色は、どんどん、どんどん、森の中へ…。こんな場所が、都内にあったなんて。


「ここ、…東京都、ですよね…」


 左右非対称で幾何学模様の、迷路の様な刈込が施された西洋風の庭園が見えて来る。その奥には暖色系にライトアップされた、円錐形の屋根が美しい西洋の古城に似た洋館が建っていた。

 

 黒光りする大きな両開きの門が音を立てて開き、自動的に車を中へ中へと迎え入れてくれる。


「開いた!…いいんでしょうか?中に入ってしまって」


「昨日の夜、神原先生に連絡を取ってこの時間を空けておいてもらったから、大丈夫だよ」


 高野さんは運転しながらにこっと笑ってくれた。


「………何から何まで、本当にありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして。俺も白井君の事が少し、心配だからね」


 少し緊張した様子に変わって、高野さんは言葉を続けた。


「まさか、ここにもう一度来る事になるとはね…。この場所だけまるで、海外みたいでしょ?」


 ヨーロッパにある古城の様なお屋敷が、だんだん近くに見えて来る。ぐるっと歩いて一周しただけで、半日くらいはかかってしまいそうである。


「そうですね…こんな場所、来た事が無いです」


 ドレスでも着て、正装して来るべきだったろうか。…持ってないけど。気後れし過ぎて、司君を探しに来たという重大任務を一瞬、忘れそうになってしまう。


「白井君は神原先生と二人だけで、ずっとこの本宅に住んでいたのかも知れないな。使用人のお宅も、敷地内にあるんだけどね」


「え…?そうなんですか?」


 お父さんはいなかったのだろうか。


 想像をはるかに超えた、司君の以前の生活。でも、一つだけ判明したことがある。


 確かにこのお屋敷に住んでいた男の子なら、100円ショップには行った事がないだろうし、東京駅でお土産をどのくらい買うのかは、一般人と感覚が違うだろう。


「この家では、色々なルールが定められていたみたいだよ。使用人は、決められた事しかやってはいけない。決して余計な口をきいてはいけない。決められた時間にしか本宅に入ってはいけない」


「………ええっ?」


「…10年くらい前の事しかわからないけどね。神原先生は、とても変り者だったから編集者にも厳しかったし」


「………そうなんですか…!」


 急に緊張してきた。


 高野さんは駐車場らしき広いスペースに車を止めて、ドアを開けた。


「さあ、行こう」


「はい!」


 ようやく正面玄関の入り口前に立ち、私はインターホンを鳴らした。












『はい』


 細くてしなやかな、女性の声。神原先生の声だろうか。


「電話した高野です。夜分に申し訳ありません」


『どうぞ、お入り下さい』


 ガチャッと鍵の開く音が鳴り響き、巨大な正面玄関のドアが、音を立てて自動的に開いた。








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