第32話
「どうして今日、この場所を選んだの?」
私が聞くと、黒木君は恨めしそうにこちらを睨んだ。
「お前がずっと来たがっていたからだろうが」
……あ。
そういえば、『彼女のフリ』デートをする様になってから、どこへ行きたいかと聞かれるたびに『ネズミーランド』と答えていたのだった。
「一度も来た事、無かったもんね」
「………」
「あっ!」
私は黒木君の腕を引っ張った。
「……?」
「次はあれに乗ろう!!」
パーク内最大級アトラクション、一番人気のジェットコースター『ムーン&スター』。
「俺はいい。お前乗ってこい、ここで待っている」
「…もしかしてジェットコースター苦手なの?」
「……!」
「あ、そうか!だから『ネズミーランド』に来たがらなかったの...」
「乗るぞ」
...負けず嫌い。
『ムーン&スター』の出口から外へ出た。
あまりにも具合が悪そうだった黒木君をベンチで休ませるために私から提案し、ポップコーンと2人分の飲み物を買って来た。
天気は快晴。
冬なのに暖かく、気持ちのいい陽気。
彼の隣の席に座って、思い出すたび笑いそうになり、慌てて顔を元に戻す。
『ムーン&スター』に乗っている時の、黒木君の表情!!!!!
まるでモアイ像みたいだったなぁ!!!!!!
「……何を考えている」
「いえ別に」
「……俺を笑っているんだろう」
「まさか!違うよ」
「馬鹿にしているのかお前は」
「してないってば...」
駄目だ!!!!!!!
笑いを無理やり止めようとすると、
逆にどんどん止まらなくなる!!!!!
私は我慢できずに後ろを振り向き、両腕で顔を隠しながら笑ってしまった。
「おい」
ちょっと今、話しかけないで!!!!
悪いけどしばらく、止まりそうにない!!!
「おい、こっち向け」
「……」
「こっち向けって!」
黒木君は私の両頬に手を当て、自分の方に無理やり振り向かせた。
「……ひどい奴だな、お前は」
涙が浮かんだ笑い顔を、
鼻と鼻がくっつくくらいの距離で、
しっかりと見られてしまった。
「はっきり言えよ。今」
「……?」
「俺とは付き合えないって」
「……」
私は彼に頬を掴まれたまま、表情を正した。
「私、黒木君とは付き合えない」
色んな思いが、交差する。
「……ああ」
今は、司君の事が好き。
黒木君は、とても大切な友達。
「…それでいい」
どうして、涙が
出そうになるの。
「…お前」
絶対にこの想いはもう、
「その顔やめろ」
恋に変える事は出来ない。
「勘違いしそうになる…」
黒木君は一瞬だけ優しく笑い、私の髪をくしゃっと撫でた。
こんなに、大切にしてもらいながら、
今、彼を傷つけている。
夜のライトアップパレードのラスト、主役のネズミーが一番輝いたゴンドラの頂上からこちらに向かって手を振った時、黒木君は私にこう言った。
「…俺は認めていないぞ。あの白井司を」
彼は、急にいつもの恐ろしい野獣の様な表情を見せた。
「…うん」
「お前が幸せになるなら別に、相手が俺じゃ無くても構わんが」
「……」
「あいつがお前に何故、あんな近づき方をしたのか判らない限り。すっかり信用して付き合っているお前が、心配だ」
もう私は、逃げるわけにはいかない。
「騙されて傷つくお前を見るのは、耐えられない」
私は頷いた。
「ごめんね、心配かけて。…もう逃げない」
夜空に、大きな花火が上がり、
人々の歓声が聞こえる。
私達は上を見上げ、
これからの事を考えた。
私はきちんと、
司君の真実を、教えてもらおう。
司君と、正面から向き合おう。
翌日の朝。
図書局の研修旅行でまだ司君は留守にしており、胡桃は早くから演劇部の稽古で出かけていたので、私は燈子さんと高野さんと三人で朝食を摂っていた。
ボトッ!!
「…思い出した!!」
「わっ!」
びっくりした!!!
高野さんはハニートーストを皿に落とし、急に叫んだ。
「どうしたんですか?」
「白井君の事!」
「…司君?」
「……」
燈子さんだけは落ち着いており、目玉焼きにソースをかけて、優雅にお箸でそれを食べている。
「彼は神原先生の、息子さんじゃないか?」
私はびっくりして、コーヒーを倒しそうになった。
「そうです!高野さん、神原彩架月先生の事、知っているんですか?」
「ああ。10年位前、文芸編集者として何度か神原先生を担当した事がある」
「ええっ?!!」
「家にお邪魔した時にいた息子さんが、白井君だった」
「……高野さんって昔、編集者だったんですか?」
そっちにもびっくりしてしまう!!
「そうだよ、言ってなかったっけ?」
「聞いてません。…燈子さんは知ってたんですか?高野さんの事」
「そりゃ知ってるよ、古い付き合いだもの」
…古い付き合い?
古いって、どのくらいだろう?
「編集者は3年くらいでやめてしまってね。自分でも、ものを書きたくなったんだ」
……高野さんが、物書き?!
「俺は昔から直川賞作家だった燈子さんの大ファンで、弟子入りをお願いした事があるんだよ」
……話に全然、ついて行けない!
「今ここに住んでいるのも、それがきっかけなんだ。あまりにも小説書くのに夢中になり過ぎて、奥さんに愛想を尽かされて離婚。芽が出ないまま今は『未来志向』のマスター」
「ちょっと待って下さい。……燈子さんが、直川賞作家…?」
「ちょっと待って。俺の話は完全スルー…?」
私は首を横に振り、目を白黒させてしまった。
高野さんは、苦笑しながら私に補足説明してくれた。
「橙子さんは
……全然、知りませんでした!!!
「神原先生が『霽月の輝く庭』で芥木賞を獲った同じ10年前に、『カレイドスコープ・タイム』で、橙子さんは直川賞を受賞」
…………!!!!!
「昔の話さ。今はもう、あまり書いていないけどね」
燈子さんは、落ち着き払ってコーヒーを飲んでいる。
「……読みました」
私は、思わず声が震えてしまった。
「私、持っています。巳和迦楼永先生の作品全部。……『カレイドスコープ・タイム』も、もちろん!」
だって、『霽月の輝く庭』と同じくらい、大好きな小説だから。
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