いきなり!ラブ・トライアングル!

第21話

「いい加減もう良くな~い?リンゴでの練習」

 胡桃に声をかけられて、ハッと我に返る。


「どんだけ剥くの~?」


「あ!ホントだ…!もう、やめとこっか」

 慌てて声をかけると、司君は返事をした。


「はい」


 …メチャクチャ、ボーっとしていた。


 


 彼の、初めての食事当番日。

 たまたまアルバイトが休みだった私は、図書局を早めに切り上げて帰って来た司君と並んで、台所でひたすらリンゴを剥いていた。


 私は小学3年生の時、包丁さばきが飛躍的に上達した。半分遊びながらリンゴの皮剥きを毎日、練習したからである。


 自分の経験上、包丁の練習にはリンゴの皮剥きが最適だと思い、初めて包丁を持つ司君には皮剥きの練習をしてもらっている。


 でも確かに、目の前には12個もある、剥きリンゴ。…圧力鍋で蒸しリンゴでも、作ろうかな。


「司君、剥くの上手だね~!ホントに今まで料理した事無かったの~?」

 胡桃が声をかけると、司君は手を動かしながら頷いた。


「はい。初めてです!でももう6個くらい剥いたから、コツは大体覚えたかな」


「おお~!やるね君!頼もしい~!」


 そうなのだ。


 彼はとても、手先が器用な人だったのである。見よう見まねで、あっという間に皮剥きのコツをマスターしてしまった。


「この調子だと、ジャガイモの皮剥きとかも心配無さそうだね~」


 胡桃はそう言いながら手を振り、部屋へと戻って行ってしまった。


 再び二人きりになり、最後のリンゴを剥き終わると、彼はにこにこしながら私に聞いてきた。


「沙織さん、次は何をしましょうか?」


「そうだね、それじゃあ、キャベツの千切りをお願いしようかな」


 最初はあまり細く切れないと思うけど、キャベツもいい練習材料だ。今日の夕飯は肉野菜炒めで、キャベツは最後に肉と一緒に炒めるだけだから、本当はどんな大きさになったって構わない。


「わかりました」


 私が先にキャベツの千切りをして見せると、彼はそれを真似して手早くキャベツを切り揃えていく。初めてにしてはやっぱり上手いし、心配な要素があまり無い。


 彼の手を、思わずじっと見てしまう。


 細くて長い指。

 滑らかな白い肌…。


 私よりも、ずっと綺麗な手…。


「沙織さん、人参も切りましょうか」


「…」


「…沙織さん?」


「…あ、ご、ゴメンね!ボーっとしてた…」



 台所に横に並びながら、目と目が合う。



 息がかかるくらいの至近距離。



 彼はちらっと、あの瞳を見せた。


 あの時一瞬ぞくっと感じた、私にだけ向けた妖艶な視線。


 …何だか急に、恥ずかしくなり、

 この場から今すぐ、逃げ出したくなる。









『もし僕が「キスして」ってお願いしたら、してくれますか?』













『僕、あなたとキスしたい』











 正直なところ。


 どうやってあの後、彼の願いをスルーして、家に帰ったのか。衝撃を受け過ぎた私は脳内がおかしくなり、あまりよく覚えていない。




 とりあえず、キスについては

 一旦お預けになった、と思われる。



 …が。



 多分彼は、私からのキスを何故か、

 ずっと、待っている…様な、気がする。





 …何故……?





 …どうして私から…?





 …ううん!そういう事じゃ無くて…。


 …ええっと、そういう事も含めて…。




 今の私にはあまりにも、何というか高度な何かを、求められている、というか…。






「…ぷっ!」



 彼は突然、笑い出した。


「…!」


「ははは!沙織さん。もしかして何か、やらしい事を考えているでしょう?」





 …やらしい事?!






 .........違う!!






「…?!私は別に…」






 …そもそも誰のせいでこんな…!








 彼は私の耳元に、唇を寄せて囁いた。



「駄目ですよ沙織さん…今はまだ…。そんな事したら燈子さんの逆鱗に触れて、僕達ここを、追い出されちゃうから」



 …わっ!!くすぐったい!!





 ……そんな事って、どんな事よ?!








「もう!!」







 私は両手に力を込め、密着した体を無理やり彼から引き剥がした。








 彼は、くすくすと笑いながら私の表情を観察し、またキッチンへと目を向けた。






「沙織さん、人参はピーラーで剥いていいの?」







「……ピーラーでいいです」






 ……。







 彼は何事も無かったように微笑みながら、人参の皮剥きを始めている。






 小悪魔彼氏に、振り回される毎日。

 1週間前には、想像も出来なかった。




 もう12月に入ってしまっている。




「明日、何時に家を出ましょうか」


「そうだね。舞台は17時からだけど…」


 私は急に、ある事を思い出した。

「司君は、明日何か予定ある?」


「舞台以外は、特にありません」



「じゃあ、明日は学校お休みだし、紅葉を見てから行かない?」












 翌日。


「今年は、紅葉シーズンがいつもより遅かったんだって!今が一番見頃だってニュースでやってたの」


「……そう…」


 彼はその話題に生返事をしながら、部屋を出た場所で、私の服装をじっと見つめていた。


 今日は、服装選びに時間をかけた。


 白いモコモコ素材のジャケットに、薄いグリーンのウールタートルネック。少し甘めな花柄のロングスカート。小さなグリーンパールのイヤリングと、ハートモチーフネックレス。


 彼は顔を赤くしながら、


「…なんでそんなに、可愛いの…」

と言ってくれた。


「…あ、ありがとう…。司君も、かっこいい、よ」


 グレーのロングコートに黒セーター、白いシャツに黒格子柄パンツ姿の司君。どんな色でも彼には似合うけれど、本当は黒が一番似合うのかもしれない、と惚れ惚れしてしまった。


 彼はますます照れたように目を逸らし、

「…ありがと」

と言いながら、私の手を取った。


「じゃ、行きましょうか!」






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