サイコパスが異世界で人助けをしては駄目でしょうか?

ラク

第一章 日かげの王女と倨傲の王

第1話 王女との邂逅

 人間という生き物はとても面白い生物だ。古来、互いに意思疎通を図るために言語を生み出したにも関わらず、思いを伝えることにより、軋轢、焦燥、嫉妬あらゆる欲望を伝達し、争いへと発展させる。はたまた、その言語を用いて物質を"区別"するためにあらゆるものに"名前"というレッテルを貼り付けそのレッテルがはたまた"差別"となり、他方では人間の"役所"にもなる。とにかく、言語の誕生が世界にアンバランスな要因を与えたといっても過言ではない。今日も俺はその人間が作り出した、役所いわゆる"冒険者"として森を駆け回っていた。


 俺がこの世界にやってきたのは15歳の頃だった。中学校を卒業し、高校に入学する目前で死んでしまった。いや、死んでしまったのかもしれないという言い方の方が正しい。死んだときの記憶が定かではないからだ。ただ記憶に残ってるのは死ぬ前の頃の記憶と、死後の世界で神に会った記憶だけだ。気づいた頃には神の御前に立ち尽くしており、いきなり輪廻転生の話をされた。神曰く、前の世界であまりに悲痛な死を遂げたものは別の世界で新しい人生を歩む、つまり転生の権利があるのだそうだ。

 それを聞いた俺は気に食わなかったことが二つあったため、転生を拒んだ。

まず、勝手に俺の人生が他己評価によって悲痛な人生というレッテルを貼られたこと。そして新たな人生を歩む権利と言われたが、話を詰めると、それは断れないということ。

 なんだよ、それ。権利じゃなくて義務じゃないかと落胆した思い出は記憶に新しい。

 そういった事情で今、俺はグランダールという世界で必死に"生"という罰ゲームを遂行している。


「今日も草集め頑張ってんな〜、坊主。」


 ただでさえやかましいギルド内に一際大きな声が響いた。皆がその声の方を向く。視線が集まってくるのが何となく分かった。


「おっさん、頼むから静かに話してくれよ。おっさんの声は一段と響くんだよ。」


 ため息混じりに漏らした。不必要な注目は俺の邪魔にしかならないからだ。


「んだよ、連れねぇなぁ〜。俺が拾ってやった時なんて、こんなにちっぽけだったのに態度だけはでかくなりやがって!」


ガハハハと笑いながら、右手で親指と人差し指をくっつけた。おっさん、指くっついてるよ。小さいもなにもそれじゃゼロだろ…。


「昔と今で身長そんなに変わんないだろ。それよりいつもの、早くくれよ。」


実際ここに来てから三年が経ち俺も十八歳になるが、身長は1ミリも変わっていない。170センチのままだ。


「はいはい。1000ギルね。ほらよ。大事に使えよ。」


 乱雑に布で包んだ1000ギルを俺の手元に投げてきた。


「ありがとう。確かに受け取った、また明日も頼む。」


 俺は約束の報酬を受け取り、そそくさに立ち去ろうとする。しかし、おっさんが俺の肩をグッと掴んで行く手を阻んだ。


「なぁ。無理してうちを出ていくことはなかったんだぞ。生活していくのでギリギリじゃないのか?」


 さっきとは打って変わって真面目なトーンで尋ねてきた。背を向けているため表情は見えないが、肩を掴む力でおっさんの真剣さは伝わってきた。


「ギリギリだよ。でもこれ以上ダグラスさんのお世話になるのは申し訳ないと思っているんだ。もう三年もお世話になった。おっさんには返しても返し尽くせない恩がある。これ以上の恩は受け取れない。」


 ダグラスさんは本当に良い人だった。この世界に来て、右も左もわからない俺を引き取り、身の回りのことからこの世界の常識を教えてくれるなど様々なことをしてくれた。本当に感謝している。


「だからお前を引き取ったのは俺の直感が疼いたからだって言ったろ?サイト。気にするなっていったじゃねぇか。」

「気にするなってのは無理だよ。とにかく今こうしてギルドカードの発行から、クエストの調達までしてくれてるんだからそれで手打ちって決めただろ?」


 ダグラスさんは俺が家を出ていくって伝えた時、絶対にダメだと引き止めた。俺もこれ以上の善意をもらっても返せないからと何度も伝えたが、善意のつもりはない、迷惑なことなんて一つもないと言い、ずっと家にいていいと言ってくれた。その際に俺の出ていくという気持ちとダグラスさんのいて欲しいという気持ちの折衷案として、俺が最低限生きていけるよう身分証(ギルドカード)の発行、一ヶ月分の宿の手配、比較的安全かつ高価なクエストの受注を回してもらうことで折り合いをつけたのだ。


「そうだけどもよぉ……。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれよ?力になるからな!」


 不満そうな声とともに俺の肩をガッチリホールドしていた手を離した。俺はダグラスさんの発言に答えるように右手を軽く上げ、そん時は頼むと言わんばかりに軽く手を左右に振った。

 ギルドを後にした俺はダグラスさんの手配してくれた宿に向かっていた。この道中にいつも考えるのは明日の計画だ。何時に起きて、何をしようかと練りながら帰るのが日課になっていた。

 八割ほど決まったところで、薄暗い路地へと差し掛かった。この道は街灯が入り辛く、また人通りも少ないことから不気味さを昼でも醸し出している路地だ。俺は近道なのでこの道を使っていたが、何やらいつもと違う感じがした。今日は満月のため月の光が差し込んでいることと、前方に人影が見えることだった。何やら隠れているような感じだ。俺は気にせず通り抜けようとすると、人影が近づいてきた。


「お願い!助けて!追われてるの!」


 人影は凄い勢いで近づいてきた。あまりにも勢いがすごいため咄嗟に避けようとしてしまうほどだった。


「どうした?誰に追われてるんだ?」


 俺はめんどくさそうに答えた。正直揉め事に巻き込まれるのは心底嫌いだった。見ると同い年くらいの金髪の女の子が今にも泣きそうな声で叫ぶ。闇夜を照らす満月の光に照らされた長い髪は一層艶やかに金色を振りまく。


「ある男に追われてるの!ずっと追いかけられて、この街の端の方まで来てやっと振り切ったんだけど、今度はどこにその男がいるか分からなくなってこの路地から出られずにいたの。」


 助けてくれると期待してるのか、やたら饒舌に事情を話してくれた。


「そうか。この周辺にはあまり人がいないから大丈夫だと思う。頑張って逃げろよ。」


 足早にここから去ろうと俺はその子にエールを送った。


「ちょ!ちょっと待ってよ!こんなに可愛い女の子が男から追われてるって聞いて助けてくれないの?私、怖くてこんなに震えてるんだよ?」


 確かに少し膝が震えている。それに表情もただならぬことに巻き込まれてる感がすごい。


「じゃあ仮に助けたら俺に何をくれる?」


 あまりに必死なものだから、つい助けようとしてしまった。俺はこの後の予定を全てキャンセルする覚悟を決めて聞く。


「何でもあげるわよ!だからお願い!ひとまず私を安全な場所に連れて行って!」


 焦っているのだろう。あたりをキョロキョロし、少し早口に答えた。


「分かった。」


 そう一言だけ伝えると俺は腰に差してある小刀を抜き、彼女の腹に刺した。スライムの如く、スーッと柔らかい肉に突き刺さる感触に少し感動した。鮮かな赤い液体が彼女の曲線美を描く身体の輪郭をつたいながら流れる。


「え……。どう…して……。痛っ…!」


 想像だにしてなかった事が起き、彼女も混乱したのだろう。刺した際に生じる痛みの反応よりもなぜ刺したのかという理由のほうが気になった事が発言から読み取れる。


「どうしてって…。簡単だよ。こっちのほうが合理的だからだよ。」


 俺は満面の笑顔を彼女に向けた。それを見た彼女は絶望の淵に追いやられたかのような表情になり、静かに目を閉じた。

 気づくと彼女の身体は脱力し、俺にもたれかかるようにゆっくりと倒れてきた。彼女の体を流れる赤い液体が地面に残らないよう、昨日購入した布で傷を押さえた。布は瞬く間に赤黒くなり、一つの動乱を物語る布へと変貌していた。ここは街灯も届かぬ小路地。満月の光が差し込み、赤黒い布に一筋の輝きを与える。


「今日も月が綺麗だね。可愛い女の子さん。」


 俺は空を見上げてポツリと呟く。明日の二割は何をしようかと考えながら、神々しい月の光を浴びていた。

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