第8話


 図書館で本を選んでいると、祖父に呼ばれた。天窓から光が差し込み、机を照らしていた。埃が陽光を反射して、キラキラ光った。

「今日は妖精の機嫌が良いようだ」

 祖父が呟いた。喉に痰が絡んでいるのだろう、よく聞き取れない。

「この光は妖精の踊りなんだ。よく目をこらしてごらん」

 僕は目を細めた。たしかに、よく見ればそれぞれ妖精に見えるし、心なしか歌まで聞こえてきた。

 僕は冒険小説が好きだった。いつだって、冒険家は広い世界を孤独に旅して回る。行く先先で危険な目に遭いながら、それでも彼らは誰も見たことの無い世界を見ることが出来る。

 僕も大きくなったら冒険家になりたかった。そして、もっといろいろなものを見てみたい。壁の向う側を知りたい。魔物と戦いたい。妖精を連れて旅をしたい。

 残念ながら、僕には剣も魔法の才能もないらしいが、それでもよかった。いつも、物語の主人公には不思議な力が備わっている。いつか、そういう力が自分にも現れるはずだと信じている。

 しばらく妖精の歌に聴き惚れていると、祖父が言った。

「この世界のことがもっと知りたいか」

「知りたい。僕は冒険に出たいんだ」

「そうか。いつか、お前にもそんな日が来るだろう」

 祖父はまだ何か言葉を継ごうとしたが、口を開けたまましばらく逡巡すると、白いひげをこすった。

「じゃあ、お前にはこれをやろう」

 祖父がいつも首から提げている、方位磁針のペンダントを僕にかけてくれた。

「いいの?」

 答える代わりに、祖父は笑った。

 それきり、祖父は黙ってしまった。白髭を何度もなでつけ、天窓の外を見上げていた。

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