桜のころ

与師穂高

第1話


「守屋様、正面が完全に突破されました。これで四方八方全て囲まれました」

捕鳥部万(とりりべのよろず)は息を切らしながら報告した。

「裏口は厩戸皇子(うまやどのみこ)と泊瀬部皇子(はつせべのみこ)に包囲されております」

崇仏派の蘇我馬子率いる軍が廃仏派の物部守屋軍を囲み落城寸前のところまできていた。

「逃げ道はもうないというのか……」

「はい、残念ながら……。城の周りを堀で固められ逃げ回る兵士が堀に落ち兵力が半減、残った兵士は遠方から火が放たれ火攻めにあっております。現在風向きも悪くここに火が回ってくるのも時間の問題かと……」

守屋は稲城を築き守りを固めたが、馬子軍の強大な戦力により活路を絶たれていた。

「馬子め……。仏なんぞの力でこの日の国を統一できるものか。神のご加護あっての日の国であるのだ。仏の力など必要ないのじゃ。攻め込んできたのであれば突破口を開くまでじゃ。全兵力を正面に集めよ。そして馬子に矢を浴びせ道を確保せよ」

守屋は正面後ろの城壁に全兵力を集め何万という矢の雨を降らせた。

 しかし馬子の背後から突風が吹き付け全ての矢の雨を左右に蹴散らした。すると火柱が上がり、炎が一気に守屋の城を囲んだ。

「何ということじゃ……、む、無念……」

その言葉が出てすぐ二つの閃光が走り大爆発を起こした。


こうして西暦587年 飛鳥地方で起こった我国初の宗教戦争は蘇我馬子軍が勝利し「丁未の乱(ていびのらん)」が終結するのである。



「知っているか、豊川稲荷は日本三大稲荷の一つなんだよ」

「不動君、それ聞き飽きた」

暦の上ではもう秋なのに僕は四季を感じることがほとんどない。世間では『異常気象』やら『エルニーニョ現象』と言われているけど、子供の頃から季節を感じるような努力なんて全くしたことがない。今さら気象について興味がない。小学生のとき国語の授業で友達が作った俳句

スーパーで 冬でも売ってる スイカかな

これが発表されて大爆笑の渦になったが、僕はその渦の外にいた。別に面白くない。実際スイカはスーパーで年中売られているし……。


問題は異常気象でもエルニーニョでもなく僕らが来年生きていけるかどうか、というより食べていけるかどうかだ。僕らは大学最後の年の10月になったというのに就職先が決まっていない。高校時代からの恋人田代静香も同じ、この就職難を乗り切るため二人して神頼みをして藁にすがろうと豊川稲荷へと参拝に来た。

「ところでなんで豊川稲荷なの」

「言わなかったかな、仕事や金儲けに関係した神社はお稲荷さんだって決まっているんだよ」

「へぇ、そんなこと決まっているんだ」

「もちろん僕の中で常識だよ」

「不動君の常識って信用できないなぁ」

確かに僕の常識はあてにならない。これからの人生、二者選択するシーンが多々あると思う。僕の場合百発百中間違ったり良くない方を選択したりする自信がある。今までずっとそうだった。ただ一つだけ正しい道を選択したことは田代静香を恋人にしたということだけだ。静香には本当に世話になっている。僕の運のなさからくる間違いや失敗を全てフォローして正しい道へ軌道修正してもらっている。

「ここって何かおかしくない?」

「おかしい? 何が?」

「だってお稲荷さんって神社よね。入口も建物もお寺みたい。それにお線香もある」

「そういうものじゃないの?」

「不動君の常識ってやっぱりあてにならないなぁ。神社とお寺は全然違うの。簡単に言うと神社は神様を、お寺は仏様をお祀りしているの」

「神様と仏様って違うの?」

「そうね……、神様は国産で仏様は輸入って感じかな」

僕にとってこの就職難を何とかしてくれるなら神様だろうと仏様だろうとどちらでも良い。とにかく何とかしてほしい。その思いだけだった。


「じゃあお参りしよう」


 豊川稲荷は平日だというのに参拝者たちでごった返していた。それぞれの思いを胸に皆熱心に願い事をつぶやいていた。静香は神社の参拝方法とお寺の参拝方法で躊躇していたようだ。僕にとってはどちらでも良いことだが、大学で神学の勉強をしている静香にとって参拝方法は重要なことらしい。

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