【イベント5】現実帰還イベント

 アタシは、このゲームのオープニング画面を思い出しながら、その場に佇んでいた。


 このゲームのオープニングでは、簡単なゲームの設定が語られる。


 自分が、ベースとなった乙女ゲームの悪役令嬢の立ち位置である事。

 そして、ベースとなった乙女ゲームのヒロインポジションの黒髪少女が、現代日本から召喚されてきた聖女様であり、その証が、世界を救う力が秘められた深紅の大きな宝石である事。


 今、アタシの手の中には、深紅のデッカイ宝石が握られている。


 そして。

 今アタシがいる場所が、聖女様が召喚されてきた魔法陣のある場所──王宮地下にある神殿だった。


「ここにいたヌミョかっ!! この騒ぎはどうしたヌミョ!!」

 どうやってアタシを見つけたのか、神殿の入り口から、シルバー王弟を伴った金茄子ゴエプが猛スピードで飛んできた。

 そばまで辿り着いた金茄子ゴエプに、アタシはにっこりとした笑顔で返答する。

「ああ。聖女様の浮気現場を暴露したったの」

「エグいザマァだヌミョ!!」

 ま、そう言われればそうかもね。証拠論破より残酷な事しちゃったかなぁ。ま、自業自得じゃね??

 アタシを断罪し終わった後、これで何も障害はなくなったと、盛り上がってベッドに雪崩れ込んだのは本人たちだし。

 まぁ、予想はしてたから行ったんだけど。

 でもまさか、鍵までかけ忘れてたとは思わなかった。若いねぇ。


「リズ! 一体キミはどうしてしまったんだ?!」

 金茄子ゴエプから少し遅れてそばまで来たシルバー王弟が、何故か心配そうな顔をしてアタシに詰め寄ってきた。

 近ェ。

「アタシはリズじゃねぇ。よし子だ」

「よし子? もしかして、幼い頃に言っていた『前世の自分』の事か?」

 幼い頃? ああ、そういう設定なのね。このゲームでは。

「アタシは生まれ変わってねぇよ! どっからどうら見ても生粋の疲れた日本人OLだろがぃ!」

「ああ、地下牢なんぞに入れられて、少し混乱してるんだねリズ」

「混乱してねぇわ! 完全に正気じゃボケ!」

「まだ17歳のお前には、この騒動はやはり重荷だったな……くっ。俺がもっとしっかりしていればっ……!」

「35歳だよく見ろ! このヘアカラーが落ちてきて輝く白髪が見えねぇのかっ!!」

「確かに、キミの髪はいつ見てもシルクのように輝いているよ」

 くっ……会話できねぇ!!

 なんで乙女ゲームのキャラたちはこいつもこんなにかたくななんだ?!


 アタシの言葉なんぞ聞こえていないかのように、シルバー王弟はにじり寄って来て、アタシの宝石を持ったままの手を、ゴツい大きな手でフンワリと包み込んでくる。

 速攻で振り解いてやったら、今度は光より早く再度手を取られ、今度は振り払えない程強く握りしめてきた。

 なんなのコイツ?! 怖い!!

金茄子ゴエプ! コイツ邪魔ッ!!」

「そう言われてもヌミョ……」

「ナビキャラならなんとかしろ!」

「ボクはそういう系の便利キャラではないヌミョ」

「じゃあ何のために存在してんだよ!」

「ゲームのチュートリアルとかルートやステータス確認とかヌミョ!」

「ルート?!」

 ああ、そういえば、脱出エンドはシルバー王弟のルートから派生するとかなんとか言ってたな。

「じゃあ確認して! コイツのルートフラグはへし折っただろ?!」

「折れてないヌミョ」

「ハァ?! ヤツを倒して地下牢脱出したのに?!」

「ステータス確認してみるかヌミョ?」

 手の引き合いをしているアタシとシルバー王弟の横で、金茄子ゴエプが空中にゲームのウィンドウらしきものを表示させる。


 そこには、本来の上限値をぶっちぎったシルバー王弟の好感度が表示されていた。


「なんで?!」

「ヒールで踏まれた事によって、王弟殿下は新しい世界の扉を開いたヌミョよ。それが『このゲームに合わないから封印されたフラグ』だヌミョ」

「そりゃ確かにダメだわ!!」

 そんなの乙女ゲームに入れたらアカン!!


 シルバー王弟の強い力から逃れる事が出来ず、アタシは周りをキョロキョロと見渡す。しかし、両手が塞がった今では何にも手を伸ばせなかった。


 もう! 仕方ない!!


 アタシは、思いっきり足を振り上げて、渾身の力を込めてパンプスでシルバー王弟の足の甲を踏み抜いた。

「ぐあっ!!」

 その痛みに、思わず手を離すシルバー王弟。

 後ろによろめいて膝をついた。

 が……俯いたまま、ポソリと呟く。

「ふふ。……いい」

「何がだよ!!」

 誰だ! こんな設定ブチ込んだのは!!!


 しかし、そんなドMに構ってる暇はない。

 アタシは手にした深紅の宝石を握りしめて、神殿中央の魔法陣の中へと駆け込んだ。


「何をするヌミョ?!」

 その行動に驚きを隠せない金茄子ゴエプ

「帰るんだよ! 現実に!!」

 アタシは全力でそう叫んだ。


 このゲームでは、悪役令嬢である自分は転生してきた設定だが、黒髪聖女様が現代から来た事になっている。

 つまり、ベースとなる乙女ゲーム上では、黒髪聖女様は帰れる選択肢がある筈なのだ。


 と、いう事は。

 その設定を借りれば、アタシが現実に帰れるって事だ。


「アタシには! 養わないといけないヤツラが5人もいるんだよ! そいつらの為にも帰らなきゃいけないんだよ!!

 アイツらが、アタシの帰りを首を長くして待ってるんだよッ!!!」

 アタシは、手にした深紅の宝石を高々を振り上げた。

 そして──


「危険だヌミョ!」

「やめるんだ! よし子!!」

 そんな、金茄子ゴエプとシルバー王弟の声には耳を貸さず、アタシは深紅の宝石を魔法陣の真ん中に叩きつけた。

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