第7話
「なるほど、やっぱりあれが隊長か……」
屋敷の様子を木の陰から見ていたビーデルは、静かにその場を離れた。隊長はかなりの切れ者なのだろう。彼の姿は、隊長職にしては随分と若く見えた。あの副隊長の男も、何を考えているのか読めない。とても危険な香りがする。ビーデルはこっそりと表の道に出ると、小走りで洞窟に向かって急いだ。
屋敷を出るといつもの隊長の姿に戻り、ルアドはジョンと共に、新たに作られた仮設テントに入った。用意された机と椅子、山積みの終わらせていない書類の山、それらの奥に作られた仮設ベッドに身を沈める。
「ちょっと失礼」
ジョンが慣れた手つきでルアドから上着を脱がせ、ズボンのベルトを抜き取る。既に眠り始めた隊長にタオルケットを掛け、自分はコーヒーの入ったカップを手に取った。ジョンは副隊長という身分だが、実質ルアドの秘書のような存在になっている。年はジョンの方が五つ上だ。ルアドは仕事人間ではあるが、とても不器用な男だ。それに比べ、ジョンはとても器用で気が利く。ルアドと同じだけの仕事を与えても、ジョンの方が早く片付けてしまう。ジョンはルアドの椅子に座り、山積みの書類に目を落とした。この中で自分の出来る分を選別し、彼が寝ている間に済ませるのだ。初めてルアドと出会った日、自分よりずっと年下のルアドが隊長だと知った時の苛立たしさは、今でもよく覚えている。だが、今彼に対して思うのは、尊敬と友情のようなものだけだ。年下だと馬鹿にしていたジョンは、すぐに自分を恥じることとなった。究極の仕事人間で、五日連続徹夜などを始めたりする。不器用で手際が悪く、気がついたら机の上に書類が山積みになっている。しかし、彼が仕事の大小を問わず、全てに全力投球する姿は、尊敬する以外の選択肢を与えなかった。隊長クラスで最年少記録を叩き出した男は、年が若いと言うだけで周りからは軽く見られ、仕事を押し付けられた。断ることなど目上の人間に出来るわけもなく、ルアドの手元には仕事が溜まっていく。今彼が死なずにこうしていられるのは、間違いなくジョンの手助けのおかげだった。ジョンもまた、家柄が良かったが故に、若くして副隊長の座を手に入れた。しかし、彼自身はそれほど熱心に上に上がりたいと思っているわけではなかった。ルアドと出会って、敬語で話されるのは嫌いだと言われ、表情を読むことに苦労し、気がついたら書類で姿が見えなくなっているのを見て、今までの自分の人生が恥ずかしくなった。それからというもの、元々手際もよく器用だったジョンは、ルアドの仕事を猛スピードで片づけていくようになった。ルアドが寝ている間、食事をしている間など、彼が席を外すと山積みの書類に立ち向かった。優先順位や自分では出来ないものなどで書類を並べ替え、自分の出来る仕事はすごい勢いでこなしてきた。ルアドの寝不足は日常茶飯事のことだし、彼が体調を崩せばそれこそ元も子もない。ルアド自身、最近ではジョンなしでは生きていけないのではないかと、自分を心配するようになってきているくらいだ。ルアドの仕事ぶりの評価は上がった。それに伴って、ジョン自身の評価も上がった。まさに名コンビとしか言いようのない二人だと、上司も絶賛する。ジョンは昔を振り返りながら、山積みの書類を片づけた。昼飯は気分転換だと言って、町の食堂にでも連れて行こう。少し込んでいるかもしれないが、たまには仕事から頭を離させないといけない。でなければ、この男はいつまでも仕事に夢中になってしまう。後ろで寝息を立てていたルアドを見下ろし、ジョンは小さく笑った。
「本当に、面白い男だ」
小さく呟いた言葉が聞こえたのか、ルアドが眉間のしわを深くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます