第3話 助言


 二日後。

 俺と慧思は、遠藤権佐にメシを食いに来いと誘われた。

 そうは言うけど、食いに来いもないもんで、そもそもそこは俺んちじゃねーか。

 ま、言えないけどね。


 将来的には、俺の育ったこの家、姉と財産として分割する日も来るんだろうねぇ。

 今はまだ、とても考えられないけれど、時間ってのは流れるもんだ


 慧思とうちに入って、リビングに座る。

 「なんか、久しぶりだね」

 姉が笑う。

 学生時代は、慧思の妹の弥生ちゃんがこの家で暮らしていたから、ほぼ必ず慧思と一緒にここに帰っていた。でも、俺たちが就職し、弥生ちゃんも大学の女子寮に住むようになってからは、一緒に帰るってことはなくなっている。

 まだ保育園にも行っていない姪が、にこにことじゃれ付いてくる。


 姉が用意してくれたのは、豚肉の生姜焼き。

 これって、訓練を欠かさない男3人用に、メニューを考えてくれたんだと思う。

 量もたっぷりだし、千切りキャベツに至っては、たぶん二玉ぐらいは刻んだんだろうなっていう山になっている。


 姉の作った食事は、何年ぶりだろうか。

 高校のときは、すでに姉は働いていたから、俺が作ることの方が多かった。

 学生時代に、自宅に帰った時に作ってもらった時以来かも知れない。

 なんかさ、料理にほのかに乗った姉の手の匂いが、懐かしいとしか言いようがない。

 中学生の頃は、この味を食べていたんだよなぁ。


 食べ終わって、お茶を入れた姉が、姪を抱き上げて洗い物に席を外した。

 やはり、遠藤権佐、俺たちに話があったようだ。姉には、席を外せと言ってあったのだろう。

 姉が洗い物をすべきと考えているわけじゃないけど、具体的な話からは遠ざけておくという判断には、全面的に賛成だ。


 「およそ、状況は解している。

 小田が愚痴ってきた。

 実戦の現場を考えた時、迷いが多い事態になってしまっているのも解る。

 だから、ただ、一言言っておきたくて、今日は呼んだんだ」

 「はい」

 俺と慧思は答える。


 遠藤権佐は、一言一言、区切るように話した。

 「小田が佐になるに伴い、俺とのバディは解消されている。俺達が最前線に出ることは、もうないだろう。

 でもな、俺にはヤツの考えていることが、手に取るように判る。

 だから、お前たちに伝える。

 お前たちは、俺たちと違って、『つはものとねり』の生え抜きだ。

 この組織の歴史は、スカウトされてきた俺たちのような人間が作ったのではない。

 明眼とそれを守る男が作ってきたんだ。

 迷うな。

 俺たちの組織の目的は、一つだけで明快なものだ。そして、お前たちはその目的に対してブレない。それが今までの歴史だ。

 そこさえ外さなければいいんだ」


 そうだな。

 南の血脈を守ること。

 それが俺たちの目的で、存在意義だ。その他の諸々は余技に過ぎない。

 アメリカとの長い歴史さえも、南の血脈を守るための手段に過ぎない。

 そう考えたら、一気に楽になった。

 最悪、全敗でもいいんだ。南の血脈を守れれば。


 遠藤権佐、俺達の肩の力が抜けたのを見て取った上で続ける。

 「では、戦わざるを得ないとしたら、どうすればいいかだ。

 制空権を設定し、入り込んだものは敵味方構わず、すべて叩き落とせ。

 単純に、目の前に現れたなにかを確実に叩け。

 それだけだ。

 戦略的敗北を戦術的勝利でカバーするのは、知っての通り至難の業だ。

 だがな、戦術的不敗は、戦略的勝利への近道という側面もありうる。

 考えて相手の落とし所が判らなかったら、戦術的勝利の積み重ねを愚直に考えろ。

 その積み重ねは必ず戦略レベルに達する。

 稀に、戦術的勝利の積み重ねが戦略レベルの敗北になることがないとは言えないが、その時は、その罠をも食い破れ」



 それって、真気水鋩流の口伝の焼き直しだよな。

 戦う姿勢の話だ。

 要は、後の先を確実にとって、常に一打で仕留める。

 これをやられると、敵方は次の手が打てなくなるんだ。そして、それ事態が迷いを生む。

 戦いってのは、ある局面に達すると、迷ったほうが負けっていうタイミングがある。戦いは兵器ではなく、それを使う人間が行うものだからね。

 その敵の迷いを呼べたら、一本取れたことになる。


 相手が優秀であればあるほど、この切り返しには弱い。

 自分の打った手が、繰り返し相手に触ったら即死となると、有効な手が極めて限られてしまうからだ。また、自分は動けないのに、蜘蛛の巣の中央で構えてもいられなくなるんだ。

 人を使う以上、使われる人間の心情は無視できないからね。いかに常識から飛び抜けた優秀さを持っていても、そこで通常の組織論に縛られてしまう。


 逆に、俺たちは全員が動ける。

 だから、こちらに勢いが十分にあるときは、罠など解除や回り道を考えるより、飛び込んで食い破ったほうが早い。

 その段階になれば、罠の全容も見えているわけだし、いくら罠に落とし込んだとしても、いや、罠に落とし込んだからこそ、何らかの方法で手を下さないとならなくなるし、それはこちらにとっては大きなチャンスだ。

 そこに活路を求めるしかない事態はあり得るし、戦術的勝利の積み重ねで生じた「不敗神話」をさらに利用することもできる。


 単純に言えば……。

 例えばだけど、坪内佐や久野さんのような相手に対して俺たちが戦うとしたら、それこそ、手駒を1つずつ失わせ、正体を明かさざるを得なくさせ、最後は直接暗殺を試みる。

 そういう戦いができるだけの蓄積が、俺たちにはある。


 ま、俺たちがそこまで不利に追い込まれるほど、坪内佐も久野さんも間抜けではない。

 ただ、遠藤権佐の言うことはよく解る。

 知能戦に巻き込まれて、今まで不敗の状況が覆されるとしたら、そもそもの組織の存続意義に立ち戻って、小田佐配下のブランチはこのように戦うことになるだろう。


 そして、そのような形で戦い、存続してきた歴史がつはものとねりうちにはある。

 今回が初めてではないんだ。

 アメリカとの濃密な繋がりの経緯が、太平洋戦争中の組織存続を難しくしたことがあるのだ。


 石田佐が引退しても、膨大な記録文献は残されている。

 そして、暇さえあれば、慧思がそれを読み込んでいる。

 俺たちは過去に学べる。だから、きっと負けないよ。

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