第41話 終幕1、学校にて
「慧思、近藤さん、話があるんだけど」
「なぁに?」
「おう」
朝、ホームルーム前の教室。美岬はまだ来ていない。
美岬は、いつも遅刻にならない奇跡のタイミングで教室に入ってくる。
近藤さん、相変わらず、ほんわかした雰囲気。
でも、ふわふわしたという表現は明らかに間違っている。
やっぱり、母度、高し。
美岬が二年の間に、痩せ過ぎからちょっとふっくらして綺麗になったのとは逆に、近藤さんはちょっと痩せて綺麗になった。
「受験、切りついたら、みんなで旅行いかない?」
「みんなって?」
「俺、美岬、慧思。で、あと、近藤さんが誘いたい人がいれば」
俺が言う「誘いたい人」は、近藤さんに断られないための、そして、場合によれば断る口実にもなるように伏線を張ったのだ。
「いいね。
どこを考えているの?」
慧思より先に近藤さんが賛意を示した。
たぶん、慧思、近藤さんより先に「いいね」とは言えなかったってのもあるだろう。
慧思が「いいね」って言って、近藤さんが「行かない」と言ったら、立つ瀬がないものな。
やっぱり、近藤さん、慧思を嫌いじゃない。
判っていることでも、それでも安心するよね。
ちょっと浮き気味になる声を押さえて話す。
「第一案、式根島。
美岬が良かったって言ってた」
「ごめんね、ぴんとこない。
位置は分かるけど、旅行先に考えたことないから知識がないの。いいとこなの?」
「残念だけど、三月はまだ泳げないらしいよ。
でも、泊海岸とか、素晴らしく奇麗な場所だって。
で、民宿が多いけど、きれいなホテルも一軒あるし、貸別荘もあるってさ。
ワイルドに行くならば、明日葉摘んで、魚を釣るだけでもご飯のおかずに困らないって聞いたよ。
それから、往復の船代はかかっちゃうけど、行った先でお金を使う場所があんまりないから、トータルでそうはかからないって。
東海汽船の株主優待券、貰ったのがあるし」
「ふーん、あとでネットで見てみるね。
で、第二案はあるの?」
「自然と戯れる第一案に対して、洗練と文明の第二案。
帝国ホテルに泊まって、博物館めぐりしよう。
快速で東京に出て、最後の高校生料金で博物館めぐり。
お金がかかるのはホテルだけだから、これも実はそれほどかからないかな。
これも、会員優待で押さえられるよ。
去年、慧思と初めて行って、すっげー良かった」
慧思もうんうんと頷く。
最初はいきなりの俺の提案に、一瞬の戸惑いは見せたものの、あっという間にノリノリだよ、こいつ。
武藤佐も前に言っていたけど、近藤さんのことになると正直だよね、こいつ。
で、そこまで正直なのに、ちっとも告白できないとか、チャンスが逃げるとか、チャンスを逃すとか、きっと前世での行いが悪かったのだろう。
でも、帝国ホテルの話、近藤さんにはちょっと驚きの情報だったみたいで。
「えっ、二人でホテルに泊まりに行ったの?」
「えっ、あっ、違う違う」
「誤解!!」
口々に否定する。
その誤解、冗談じゃねーぞ。
ちょっと焦り気味に補足説明をする。
「行ったのはホテルの売店。
で、ロビーとかの雰囲気含めてすっげー良かったけど、泊まってなんかない。
だから、行ってみたかったんだ」
「そか、二人でホテルに泊まりに行ったなんて、内堀さんが聞いたら逆上するよ」
「逆上!?」
それはもう、一瞬で腐のバーサーカーになるってことだよな。
「やっぱり……」
慧思、おまえ、なんか知っているのかよ。
説明してくれたのは、近藤さん。
「双海くん、あの
こないだなんか、『私は線引きと三角定規でも妄想できる』って、危ない目でなんか書いていたわよ。
双海くんと菊池くんも、みさみさがいなかったら、あの娘の想像の中で一線を越えてると思う。
双海くんとみさみさが恋人同士だって、飯嶋さんと浅見さんが約束破って暴露したときも、あの娘、『正直言って、みさみさが本当に邪魔で邪魔でしょうがない』って言ったんだよ」
「はあ」
げんなり。
それは、「本当に『自分の妄想の』邪魔で邪魔でしょうがない」ということだよね。
美岬を邪魔と言われて、怒りが全く沸かず、ただただ、げんなりするのはなぜなんだろう?
慧思の目もどことなく虚ろだ。
理系さばさば女子だと思っていたのに、どんな進化を遂げちまったんだ。
将来なりたいものが、密かに声優だったのは知っていたし、昔文化祭のときに七色の声で、美岬を虐げる奴に喧嘩を売ったこともあった。
でも、あのときはかろうじてでも、まともだったような気がしていたんだけどな。
「受験、大丈夫なのか?」
「国立の理学部がダメだったら、ネットの腐仲間が進学するアニメの専門学校を滑り止めにするって」
「腐仲間って単語、重症だな……」
「彼女にはバレちゃダメだよ。
ホテルで女子部屋、男子部屋に別れて泊まったというだけで、たぶん腐心に火がつく。
そして、タイミング的に最悪だと、卒業式の日に双海×菊池の創作物が大量に持ち込まれる。
そしてそして、私たちが強引にそれを読まされる」
「菊池×双海じゃないんだな?」
「黙れ、慧思。
お前はこういうとき、いつも一言多い」
今回のツッコミは、思わずグーで叩くより殴るの強さになってしまう。
そもそも今のは、ボケにすらなってねーよ!
だいたい普通は、俺と美岬、慧思と近藤さんで、それぞれが一つの部屋に泊まると問題だよねってことになるんじゃないのか?
なんでこんな話になるんだよ?
「なんか、泣きたくなってきた……」
クラス内が騒がしくなってきた。
そろそろホームルームが始まる。
「じゃあ、私もいろいろ調べてから返事するね」
という近藤さんの声を背に、慧思も自分の机に戻る。
チャイムとほぼ同時に、美岬が現れる。
もう、本当いいタイミングを三年間、貫いたよな。
俺、今回はみんなに不自然さを感じさせない範囲で、経済的には最大限の出費をしても構わないと思っている。
高校生の間にできた貯金、高校生の間に使い切ってもいい。
だいぶ夏に減ったとはいえ、春までにはまた貯金ができる。俺には扶養家族がいないからね。
美岬との、高校時代の最後の思い出を作りたい。
そして、それ以上に慧思にも恩返ししたい。
慧思になにか問題が発生して、俺が力になれたら恩返しだけど、それには二つの問題がある。
慧思の身の上に、なにか不幸が起きることを待つような感じにはなりたくないのが一つ。もう一つは、用心深い慧思のことだから、なにも不幸が起きない、恩返しの機会がないかも、ということだ。
だから、こんなことしかできないけど、それで恩返しのつなぎをしておこう。
そんなつもりなんだ。
そして、前にぐだくだにしてしまった、慧思と近藤さんの関係を、この旅行でもう一度取り持とう。
今度こそ、慧思に決めさせるぜ。
どうせ実行は、進路が決定したあとの数カ月は先のこと。
近藤さんだって、進路を確定していかなきゃだもんね。
美岬にも話して、じっくり計画を練っていくんだ。
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