第37話 なんか、ご愁傷さまみたいな?


 その夜、小田さんが面白おかしく、尋問の様子を教えてくれた。

 高校生に聞かせても問題ない顛末だったみたいだ。

 まずは、こんなふうに始まった、と。


 「O・ヘンリーの『赤い酋長の身代金』って話、知っているか?」

 尋問されている大男が、ようやく口を開いた。

 日本に来てまだ間もないらしく、というより、さっさと帰る予定で日本に長くいるつもりはなかった人間らしい。

 日本語はまだ相当にカタコトなので、英語で意思疎通している。

 諜報機関に移籍したのに、軍時代に支給された緑色のTシャツを着ていた。

 相当の訓練を経た体つきなのはひと目で分かるし、強いのは体だけではないのも十分に覗えた。

 今でも、相当ハードな自主トレを欠かしていないのだろう。だから、本人も軍時代の服のほうがしっくり来ているに違いない。


 「知っている。アメリカのO・ヘンリーの短編で、子供を誘拐した誘拐犯が、その子供のわがままに振り回されてひどい目にあう話だったな。

 子供を背に乗せて馬にさせられて、『えん麦っていう砂を食わされた』ってので大笑いしたよ」

 小田は英語で答える。もう一人、表の諜報機関の人間も同席しているが、小田に遠慮して口を開くことはない。


 「今回、うちがそういう状況だった。

 上からは、高校生のBoyを本国まで連れてこいっていう命令だった。

 衛星で、家にいるのは確認しているっていうから、チームを組んで行ったさ。上手くいけば、そのままBoyとともにその日のうちにヨコタから本国に戻るつもりだった。

 それなのに、いたのはジュニアハイぐらいに見えるGirlだ。

 身元を聞いたら、高校生のBoyの姉だって言う。

 すぐに上に『状況が違う、対応はどうするか』って確認取ったら、身柄の交換に使えるから連れてこいと。

 情報端末もあったから、これも解析できるかもと現場判断で持って帰った」

 「そうか。

 相当に大掛かりな作戦だったんだな」

 相槌を打つ。


 危なかった。

 その手でアメリカ本国まで連れて行かれてしまうと、取り戻すのは容易ではない。


 ともかく、ようやく口を開いたので、よりリラックスさせることを務める。

 口を開いたということは、裏を返せば嘘をつく準備ができたということだ。お互いが嘘を積み重ねる中で、それでも本音を推測しあう環境を整える必要があった。

 「ああ。

 それが空振りってわけにいかなくて、それでも姉と情報端末を持って帰れば次に繋がるってな。

 その二つを持ち帰らせるのは、お前たちの作戦だったのか?

 ちょっと酷くないか?」

 「なにに文句を言っているのかは解らないが、酷くはない。

 お前たちが言う、対象が不在だったのは事故だ。

 その対象が、自分の情報端末を放り出していたのも事故だ。

 こちらも、捜さないわけには行かないし、大変だったんだ。

 あるだろう?

 高校生の『そういう時期』に、恋人とうまく行かないとかそういう理由で、変な角度で病んじまうってのが」

 「まさか、そんなことで、俺たちの作戦が……」

 しみじみ。

 尋問のテクニックで、相手と自分を仲間と思わせるというものがあるが、これは一概にテクニックとは言えない。小田の同情は本物だからだ。


 「で、連れて帰ったら、あのGirl、いや、Girlなのは見た目だけだ。

 俺たちにはジュニアハイの生徒に見えるのに、二十歳を過ぎてるし、二十歳を過ぎているから飲酒も問題ないと。

 最初は戸惑ったよ。

 で、だ。

 なんで、そいつがたった数日で、うちのセーフハウスの一年間の維持費用を全部呑んじまうんだ?

 しかも、上は、『呑みたがるとは、自ら判断する力を放棄するに等しい。高い酒でも構わないから呑ませてやれ』って提供を許可したくせに、請求書を見て本当に呑んだのかと。

 本当に呑んだって返答したら、さらに上の上が出てきて、予算の支出は認めないって言い出しやがった。しかも、俺たちが呑んだって疑ってやがる。

 『そんなジュニアハイの生徒に見えるようなGirlが、スピリッツを二本一気に開けることなんかありえない、嘘はもっと上手くつけ』と来やがった。

 じゃあ、どうするんだって話になって、俺たちが自腹で払うなんて飲めない案まで出て、大騒ぎだよ。俺たち全員の二カ月分の給料以上の額だぞ。そんな案、飲めるはずがない。

 金の話ばかりで、任務の話なんか全然できなかった。

 そのうち、嫌気が差したのかなんなんだか、俺たちが自腹で払うって妥協するまで応答しないつもりか、こちらの通信に対してなしの礫を決め込みやがってな。

 そもそも、ずっとあのGirlの家族への連絡も取れないし、行方も突き止められない。

 こんなに、どことも連絡が取れなくなったのは初めてだよ」

 「それは可怪しいだろう?

 実は盗聴なりはして、行方は突き止めていたんじゃないのか?」

 小田は解っていて追求する。


 「何を言っていやがる。

 たとえ盗聴して居場所が判っていても、そうやって得た情報を、こちらからバラせないだろう?

 こっちから強引に連絡したら、なぜここにいることが分かった? と聞かれるし、それに答えても答えなくても、こちらの手の内を晒すことになる。

 まったく、イライラするぜ。

 一歩でも建物から出てくれりゃ、人工衛星で見つけたって言えたんだけどな」

 はあ。

 一緒にため息を吐いてやる。

 相手と同じ行動を取るのは、相手を落とすテクニックだ。


 たぶん、緑の大男もそれを知っている。

 そして、知っていて小田の手に乗ってくる。

 「それでも、情報端末の分析には期待していた。

 そこからなんらかのデータが出れば、交渉相手の目星もつくし、動きが取れるってな。それなのに、なにも出やしない。

 学校と、クラスメートの連絡先と、Loverに送る読んでいて痒くなるようなメールばかりだ。

 コーヒーの好みが一緒だったからって、一晩中喜ぶな。

 本国の分析官からは、『なんでハイスクールの生徒の恋愛メールを分析させた? コーヒーの好みが一緒だったなんてことをどう分析したって、なにも出てくるわけがないだろう?』ってしこたま嫌味を言われて、『情報端末を持って帰って悪かったのかよ』って、こっちも言い争いになってな」

 本当は、クラスメートの連絡先の一つがつはものとねりへの連絡先なのだが、実際に電話を掛けてみなければそれは判明しない。

 住所録の頭から実際に掛けて見るようなことはしなかっただろうと小田は思いながら、溢された愚痴には心底同情する。おまけに、携帯が持ち去られたときから、その番号は破棄されている。


 「あのな、なにを期待していたか解らないが、あの高校生はカムフラージュに身代わりに使われただけの奴だぞ。

 身代わりにするぐらいだから、軍オタクの気はあるけれど。

 お前たちが連れて行ったあの女性だって、自宅近くの護身術のスクールで自衛隊の偉いのと同じクラスになったってだけで、それ以上の政府関係者との繋がりもない。

 なんかの自衛隊絡みのイベントには、その繋がりで遊びに行ったらしいけどな。

 お前たちもプロだろう?

 なんで、こんなバカな情報に食いついたんだ?

 しかも、おたくの国、これで二度目だろう?

 なんで一度で懲りなかったんだ?

 しかも、盗聴していたならば、消えたBoyと盗聴したBoyが別人なのは気がついていたろう?」

 これは、武藤家のシステムが突破され盗聴が開始されたときには、すでに双海の話すことがその前提になっていたことから言えることである。


 憮然とした表情でぶっきらぼうな返事が返ってくる。

 「知るかよ。

 上から命令されれば、やらないってわけにはいかないんだよ。お前たちもそうだろうが?」

 「まあ、それは、なぁ……」

 もはや尋問ではない。

 本格的に「愚痴を溢す会」の様相を呈している。

 右手の失敗を左手が繰り返した。そして、その詳細を話せないまま本国が非難されている。

 それでも言い訳はできない。

 そこをさらに突いて、愚痴を溢させることで話させる、小田の手だ。

 ぽろりぽろりと本音を漏らさせるのだ。

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