第17話 イイトコドリ


 武藤さんは話し続けた。

 「さて、さっきの、双海君の疑念はもっともなことだと思う。

 グレッグ君は、今まで判っていても口に出さなかった、美桜や双海君の秘密を明らかにして、遺伝子に係る権利を使わせろと言ってきた。

 それが文字どおりの意味なのか、僕たちが裏読みをした意味なのかだ。

 裏読みした意味の場合、グレッグ君およびその所属は、その目的に対して推進派か、抑制派かが問題になるね。

 僕はね、そこにこのM1からM3までのデータを出した意味があると思う。

 だってさ、今言った流れの中で、このデータだけが出す意味がないんだ。こんなのも解っているという誇示に過ぎない。

 となると、それでもあえて、M1からM3までのデータを出した意味ってなんだろう?」


 美岬や俺を落ち込ませるためってのは、当然のようになしだよな。

 逆に考えよう。

 これがなかったら、俺、どう考えただろ?

 まずは、俺と美岬の遺伝情報を盗られると考えたな。クローンうんぬんの話がなければ、スポーツカーの中で、グレッグはその話題から始めるわけだし。

 俺、落ち込むことはなくなる。

 美岬も、武藤佐も、だ。


 いい気になっていた俺は、たぶん、自分の行動に疑いを持たない。そしたら、盗られないことを目標として一直線に走ったはずだ。それはもう、まちがいなく。

 となると、情報の伝え方が今と異なってくる。

 それが、武藤佐に対しても美岬に対しても、何らかのバイアスを与えたはずだ。武藤佐も含め、全員一致でグレッグを敵対勢力とする方針が決まって、今頃はなんらかのカウンターを打ち終えているタイミングなような気がする。


 しかもだ。

 そのカウンター、当然のことだけど、俺と美岬の遺伝情報を盗られないようにって方向になる以上、アメリカに対するカウンターパートである坪内佐にも真っ先に連絡していただろう。グレッグたちの組織が盗ってどうするのかを考えるより、今この時に盗られないためにどうするか、の方向に発想が走ってしまう。

 ということは、結果として、グレッグを敵にするか味方にするか、真逆の結果になってしまう。


 そこまで考えて、全身に鳥肌が立った。

 あっぶねぇなぁ……。

 ギリギリだよ。

 グレッグの手のひらで踊らされているんだろうけれど、俺たち、ギリギリで役者不足でなく踊れたのかもしれない。

 必要に応じてきっちり踊ってみせることも、この世界では重要と教わっている。そう、盗聴器を発見しても取り外したりはせず、それに気が付かずにいるように振る舞うのと同じだ。


 となると、武藤さんの推測が、俄然リアリティを帯びてくるよな。

 俺たちの遺伝子をどう使うのかという目的が、どこに対しても問題ない性質のものであれば、おおっぴらに使わせろと言ってくればいいんだ。医療に使って、年間何万人が救われるなんて人道的な話だったら、極めて断りにくい。

 美岬なんか、積極的に使ってもらうべきという判断をするかも知れない。

 となれば、俺をスポーツカーに連れ込まなくったって、坪内佐に堂々と申し込めばいい。そして、取引って奴をすれば済む。

 それができないということは、「後ろめたい」目的があるんだ。


 もう一つ、「車がクリーンで盗聴されていなければ」って、これ、「グレッグvsつはものとねり」だけでなく、「グレッグの組織vsアメリカの他の組織」についても言えるんじゃないだろうか。

 つまり、グレッグが自分でクリーンな車を用意したのであれば、日本国内に深く根を張っているアメリカの他の諜報機関も俺とグレッグの会話を知らないことになる。


 右手がやっていることを左手は知らないってのも、諜報機関ではある意味基本だよな。

 だから、それはそれで不自然なことではないけれど、その常識をグレッグが逆手に取って利用している可能性はあるよね。


 さらに、だけど、クローンの話を持ち出すことで、武藤佐は否応なく深く巻き込まれた。それはもう、仕事モードじゃいられなくなっちまうほど。

 おそらく、グレッグは武藤佐の弱点を知らないだろう。

 となれば、巻き込むことで生じるプラスの結果を予測した。実際は退行しちまいかねないほどのダメージで、未だいつもどおりじゃないけど、計算外の武藤さんのフォローで結果としてグレッグの予想は成り立っている。

 で、武藤佐がここまでのことを考えることを前提とするならば、武藤佐に期待される次の行動って……。

 「S国!!」

 思わず、口をつくと同時に、俺は立ち上がっていた。


 「なんだなんだ」と、温和なバリトンが響いた中、俺は、急いで自分の考えを説明した。

 過去も、未来も、だ。


 自分の命は失っても構わないという覚悟で戦う、宗教系聖戦士たちがS国とその周辺国にはいる。それも、国境を超えた各宗派それぞれにいて、敵味方に分かれて争っている。その中には、指導者たちが「テロは教義に反する」と言っていても、それに従わないでアメリカを敵視する勢力もいて、相当に規模が大きい。

 

 その勢力を潰すのに、空爆でも、戦車群でもそれはそれでいい。

 けれども、バイオを手段として、一民族の「駆除」をやったら、十年も経たないうちに、アメリカは覇権を握る資格のない国とされるだろう。


 だって、核がそうだ。

 アメリカ以外に、核を戦争に使った国は未だにない。

 それが、結果として今のアメリカという国の核運用を縛り続けている。

 戦略核はともかく、戦術核までが使えないのだ。

 生物兵器を細菌兵器という過去の認識から解き放って、いわば遺伝子兵器とすることはその二の舞となる。どこか他の国に使わせて、それから使うほうがアメリカとしては戦術兵器として使いやすくなる。


 だから、の一番の使用は避けたいはずだけど、威勢のいい人たちの言うだろうことも解る。

 「自爆テロから自国民を救うために、苦渋の決断をした」と。

 考えるまでもなく、この論理は強い。


 グレッグが、グレッグの属する派閥が、遺伝子兵器の世界初の使用を避けたいと思っていたら、なんらかのストップをかけようとするだろう。

 となると、武藤佐のコネならば、情報の詳細が不明なあやふやな状態でも、S国内に、どこかのバイオ会社から提案された「超人化プランの提案」が罠だということを伝えられる。しかも、アメリカとは距離をおいている組織からの情報というだけで、確度の高い情報とされるだろう。

 そして、S国内に伝えられた情報は、宗教系経路で周辺国まで一気に広まる。

 

 で、だ。

 グレッグが巧妙なのは、武藤佐がこれをS国内の勢力に伝えた結果、聖戦士たちがなにもしなければ、アメリカは遺伝子兵器の開発国という汚名から逃れられる。だって、機密だもんな。

 S国内の勢力がこれを逆手に取って利用し、癌化遺伝子を組み込まれるのも覚悟の上で何らかの能力を得て、その力でアメリカに対する自爆テロでも起こしたら、最初の遺伝子兵器の使用国という汚名を聖戦士たちに被せられる。その上で、さらなる手段で報復という形で攻撃できる。


 って、どっちに転んでも、アメリカは損しないじゃん。こんなイイトコドリって、ありかよ? と思う。抜け目なさが黒光りしているんじゃなかろうか?

 ということはさ、俺ら、完全にグレッグの組織の道具に成り下がるのを、坪内佐の打った遺伝子特許って手でようやく首がつながっている状況じゃん。俺たちを利用しているかもなんて、疑ったことは土下座して謝んなきゃだよ。


 そんなことを、ところどころつっかえながら話した。

 S国については、みんな早かれ遅かれ気がついていたけど、アメリカのイイトコドリに気がついたのは、たぶん、俺、一番乗りだったかも。

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