第16話 機密保持不能!?
武藤さんは続ける。
「ドライなまでに非情な方法だから、グレッグ君のクリーン度が重要なんだ。
事実はグレッグ君を通して窺い知るしかない。ならばソースの質の検討が必要になるからね。
グレッグ君がクリーンではないとすると、そのバックの他の国の思惑も加えて考慮しないといけなくなる。こうなるとほとんどお手上げだ。
それに加えて、これがアメリカの国家としての意思なのか、大統領選が近いアメリカの一枚岩ではないそれぞれの思惑の一端なのか、さらにその中でのグレッグ君の位置の考慮も必要だろうね」
武藤さん、俺たちに視線を向けて確認を取る。
「グレッグ君の優秀さは疑いないんだね?」
これには思わず、美岬と俺、慧思の三人で首を縦にぶんぶん振ってしまう。
武藤さんの言葉が、疑問というより確認だということが解っていてもだ。
「では、馬鹿なことはしない、その行動は論理的必然に基づいているという前提で考えられるね」
俺も話す。
「はい。
そうなると、さらにもう一つ、可能性があります。
最後にグレッグは、『みんなに相談しろ』って言ったんです。
となると、この結論が出るまでがグレッグの手の内です。
とすると、グレッグの考えは、アメリカ国内でそういう動きがあるのを知らせてきているということじゃないでしょうか?
これ、もしかして、大統領選挙も含む、グレッグの組織と他の組織との主導権争いなんじゃないでしょうか?
こちらが止めるために動く動きを、さらになにかに利用したいのかもしれませんけど」
坪内佐なら、さらにその先を考えられるのだろうけどさ。
とりあえず、俺だとここまでかな。というか、推理と妄想の区別、どこかで線を引かないとだよね。
ここから先は、俺の思考力では、もう少し材料がないと妄想になってしまいそうだ。
「美桜、君がグレッグ君と直接会ったのは、どのくらい前だい?」
「もう、何年も前。
アメリカは同盟国だから、あまり私の作戦対象にならないのよ。調整の方は多いから、坪内佐のほうがよく会っているわ」
「石田さんは?」
「この一年に限って言えば、よく会っているわね。アメリカからの骨董の出物が増えているからというのは聞いているけど、そこら先は特に報告書とかは来ていない。
石田さんに聞いてみようか?」
「
おそらくは、今日、双海君がグレッグ君と話したことは、坪内君も知っているだろう。それなのに、未だに彼から連絡が来ない。
おそらく、坪内君の通話手段がアメリカ側にマークされているのであれば、彼もそれに気づかないままに無頓着に連絡はしてくることはないだろう。
石田さんとの通話についても、なにも手が打たれていないということは考えられないということだ。
坪内くんも、石田さんも、最終的に今考えている内容を固めたら、なにかを運ぶ必要でもない限り、差し障りのないキーワード一言だけでお互いに確認を取るような方法を採ってくると思う」
武藤さんの言を聞いた、俺たちの顔は恐怖で血の気が引いたようになっていた。なにも起きていないようでいて、俺たち、すでに分断されているんだ。一つの組織として、有機的に連動して動くことはもうできないかも。
ただ……、やはり武藤佐、いつもの感じじゃない。
いつもの武藤佐ならば、「石田さんに聞いてみようか?」なんて言うはずがない。
「美桜、組織に、そういった意思を疎通させる暗号はあるんだろう?
「残念ながら、紙より脆いでしょう。
ネットから切り離された、独立システムのこの部屋ですら何日保つか……。
必要ならば、アメリカはスパコンの並列処理だってするわ。この国の最高の暗号技術でも、そこまでされたら到底耐えられない。
日本はアメリカの五分の一以下しかスパコンを持っていないのよ。さっきの遺伝子の読み込みにしても、スパコンの台数という国力ですでに敵わない。
まして、『つはものとねり』は、内閣調査室や自衛隊諜報部ほどの安定した備品予算もないし、個々の人材の能力に頼ったいびつな組織なのよ。
もう、暗号ではなく、符牒のような、あらかじめ取り決めておいた『なにか』しか、安全な意思疎通手段はないわね」
俺たち、つい数ヶ月前に、アメリカの国力を肌で感じてきた。
その経験がなかったら、武藤佐の言葉を聞いて、「それでもなにかできることがある」と思っただろう。
アメリカの国力は恐ろしい。太平洋戦争のときだって、暗号はダダ漏れだった。もう、完全にすべてを知られている前提で考えるしかない。
で、そんな状態での作戦立案なんて、可能なんだろうか?
そしてその上で、戦うなんて、できるんだろうか?
それに、俺、今までに、こんなにも武藤さんが自分の考えを話すのを聞いたことがない。
きっと、妻と娘の心を救うためにここまで話しているのだ。
でも、今、最大に心強いのは、この超高知能ヒグマさんがいるからだ。
将来、美岬を貰う挨拶をする時には最大の壁になるんだろうなとは思うけど、とにかく今はありがたいと思う。
「とりあえず、今晩は盗聴されていない前提でコミュニケーションを取ろう。今、すでに聞かれているとしたら手の打ちようもないからね。希望的観測で答えを出すようなことを言っているけれど、これはもう、仕方がない。
この部屋の守りを固めた、美桜の技術を信じるよ」
これには、全員が頷く。
この前提が崩れていたら、すでにゲームオーバー済みなのだからしかたない。
武藤さんは続ける。
「美岬、お願いがある。
ここで話を聞きながら、今までに出た関連用語をできるだけネットで検索しておいて欲しい。今ならば、この部屋が安全だという前提で、検索履歴を盗まれずに済むだろう。
美桜、そのあたりも手は打ってあるのだろう?
15番めの染色体とか、遺伝子バンクとかも含めて、調べられるだけ調べて、文章だけでいいからコピペして保存して欲しい。読むのはあとからでもいいから、今のうちに情報だけは集めておこう」
確かに、今やっておかないとだよな。
そして、調べたっていう履歴も知られたくはないよね。
武藤さんはさらに武藤佐に向き直った。
「この部屋、シェルターの機能もあるんだったよね。ならば、美桜、食料とポータブルトイレの設置を、話しながらお願いできるかい? 数分で可能なんだろう?
たぶん、態勢が整うまで、この部屋の出入りは一回でも減らしたほうがいい。
この部屋はカメラはないし、音声のみをカモフラージュ信号を送り出しているんだろうけれど、ドアを開けるときにモードが切り替わるんだったよね?
その瞬間のデジタルデータのソースの切り替えがされるんだろう?
そうなると、その際にはサンプリングクロックのジッターが生じるはずだし、それがドアの開閉や施錠と連動しているのを拾われたら、この部屋の機能がバレるのが早まってしまうからね」
これ、このヒグマの専門分野じゃないかな。それにしても、これでアマチュアだって言うんだから恐れ入るよ。
武藤佐、頷いててきぱきといろいろを壁の開き戸から取り出していく。
残念ながら、俺も慧思も手伝うことはできない。だって、どこに何があるかも、出す目的のものがどういう形状であるかも分らないからだ。
申し訳ない気持ちにはなるけれど、どうしようもない。
もう一つ、肩を抱いて石のように動かなくなっちまうのを、武藤さんは心配して無理にも動かしている。それも解るんだ。
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