第27話 姉、怒り狂う(俺のバカさ加減に)
翌日。
美岬がうちに来た。
「お姉さんに、お土産持ってきたよ。
それから、父が真に、話があるから来て欲しいって。菊池くんにも話があるらしいけど、なにを話すのかは教えてくれないんだよ」
「はいはい、分かったから、とりあえず上がって」
そういって、美岬を居間に通す。うん、美岬がいる自宅の居間という光景がやたら新鮮だ。
あ、口紅だけだけど、引いてきたんだ。
すっぴんが好きでも、それはそれでちょっと嬉しい。
俺はともかく、慧思に何の話があるのかは謎だけど、まぁ、あいつのことだから、必要に応じて俺に話すだろう。
「お土産だって? ありがとうね」
姉が、ティーポットに紅茶のリーフを入れながら言う。
「これ……、気に入っていただけるといいんですけど」
小ぶりな、長細い包み。
「これ……、貰えないよ」
ん?
さっきはありがとうって言ってなかったか?
美岬が、一瞬、途方に暮れた顔になる。
「お礼の意味もあるって、言うんでしょう?」
姉が続けた。美岬が驚いた顔になる。
「ちょっと、お
まったく、身の回りにサトリの化けもんだか、魔法使いばかりがいるわ。なにが起きているんだか、本当にさっぱり解らん。
「普通に女子力があれば、簡単なことよ。ティファニーのネックレスでしょ? 中身は」
「えっ、そうなの?」
思わず口走るけど、美岬の顔をみれば、図星のようだ。
「包み紙が二重になっているけど、下の包み紙の水色が透けて見えてる。この水色は間違えようがないわ。
そして、真、あんたはね、美岬ちゃんがなにを思っているのかを、もう少し考えなよ」
「ごめん、流れがさっぱりわからん」
「美岬ちゃん、こんなバカで良かったの? まだ間に合うよ」
姉の言葉を聞く美岬の目は笑っているけど、俺、必死になる。
「お姉、降参。教えて」
「元々を
ごめんね、美岬ちゃん。
美岬ちゃんが口にしたくないことも、このバカ、話さないと解らないから。
真、あんた、美岬ちゃんへのプレゼント、結局、結構な額になったでしょう?」
「ああ」
「で、美岬ちゃんの心情として、貰いっぱなしで済ませる、済ませられると思う?」
「いや、別にそうは思わないけど、俺、お礼とか、別にいらねーし」
「んなこた、美岬ちゃんの気持ちと関係ないでしょ。ったく、バカなんだから。
美岬ちゃんは考えたの。お礼に何を渡そうかって。
それなのに、あんたはそもそもがそんな感じだから、あんたにあげて喜んでもらえるようなものも思いつけないし。
だいたい、服はしまむらかユニクロ、身の回りの文房具とか雑貨すべてを合わせても、あんた、二万か三万しか掛かってないでしょ?」
憮然となって反論する。
「……安上がりでいいじゃんか」
「趣味らしい趣味もないし、あんたに十万以上のものを渡そうとすれば、私でも苦労するわ。安上がり男が安い男になっちゃったら困るでしょ?」
「そんな……。そこまで無趣味じゃないし」
「晩御飯を作るぐらいを、趣味って言わないでよね。
それに、それを趣味だと言ったとして、なお、ウン十万以上のプレゼントを買える材料になるの? ならないの?」
「それは……、む、無理かな?」
「観光に行ったアメリカで調理家電をプレゼントに買うわけにはいかないし、単純な調理器具でその額といったら本打の包丁とかだけど、刃物をあなたのプレゼントのお返しにというのも抵抗があったと思うよ、美岬ちゃんは。
そもそも、アメリカで日本で入手できるほどの品質の刃物が売っているとも思えないし、通関はめんどくさくなるし」
次々と畳み掛けられて、俺、たじたじになる。
「そ、そだね」
「腕時計とか、高校生が数十万のものつけてそこらを歩けるわけもないし。オメガだ、ブライトリングだ、リシャール・ミルだを付けてる高校生なんて、嫌味でしかないわ、けっ!」
「そうだね」
ことごとく、繰り返し同意するしかない。
で、お姉の知り合いにいたのか、そんな奴?
「で、あんた、真夜中に私にメールしたでしょ?」
「うん」
「美岬ちゃん、あんたのプレゼントがとっても嬉しかったのよ。でも、あんたに渡せるもんがないから、せめて真夜中に叩き起こされてアドバイスをした私に、その分お礼をしようと考えたわけ。
解る?」
ああ、ファイブガイズで携帯を取り合いした時に、美岬、そのメールを読んだんだ。
「はい、ここまでは」
「で、ここに、箱の形と水色の包装紙から想像するに、ティファニーのネックレスがある。そしてそれは、おそらく、あんたが使った額に相当している」
「おおっ、そういうことかぁ!」
「私が受け取れるわけないでしょ。
私は、あんたからのメールに一言返しただけよ。そこまでのお礼をされるのは筋が違っちゃうでしょ?」
「じゃあさ、お姉、それなのに、なお『お礼の意味もある』ってあえて言うのは、どういうこと?」
「くぉの、バカっ!!」
「は?」
姉は、俺に思いっきり雷を落とすと、疲れ切ったように右手で目と目の間あたりの鼻梁を揉んだ。
「マジ、絞め殺したいわ。
私の弟だというのに、なんで、こんなにバカなんだろ!?
そのプレゼントの結果、あんた、ヤッたんでしょ? 美岬ちゃんを見て、一目で分かったわ」
「……」
「それが、美岬ちゃんにとって、どれほど嬉しい思い出になったかということなのよ。その良い思い出を、あんただけでは作れなかったの!
だから、私からのたかだか一言のメールの価値が膨れ上がっちゃうのよ。解った?
解らないなら、これから武藤さんちに行って、バカすぎるので別れさせてくださいって言いに行くわ」
「解ったっ、解ったから!」
「ったく、何を言わせんのよ、この私に……。
ところで、次に、あなたが言わなきゃならないことは判ってんのっ!?」
姉の語気に気圧されて口籠る。
「えっ!? 判んない……」
「判りなさいよっ!
私が貰えないと言っても、ここにこの現物はあんのよ。これをどうすんのよ!? 美岬ちゃんに、持って帰らすの? 持って帰って、受け取ってもらえなかったこれを、もったいないからって美岬ちゃんが着けられると思う?」
「……それは無理かな?」
「結果として、私が、美岬ちゃんのお礼をしたい気持ちを踏みにじったみたいでしょう? おまけに、もったいないでしょう?」
「そ、その通りだね」
「美岬ちゃんはね、妹になる人なのよ、私にとって。
その人と、将来にわたる禍根をこの場で作りたいの、あんたは!?
妥協案を出しなさいよっ! 今すぐっ! ここでっ!!」
「そんな無茶な……」
姉は肩で息をしている。怒鳴り疲れたらしい。
「貰えないけど、受け取らせたいんだから……」
ちょっと怖い。この答えで良いかな?
「じゃあさ、お姉、ひとまず、これを美岬から預かるって形にしたらどうかな。
お姉が預かっていて、普段はお姉が着けることもあるけど、本来は美岬のものなんで、美岬が付けたいときはいつでも渡せるということで。そのために、メアドも交換してもらって、先々まで仲良くしてもらうと……」
「まぁ、いいわ、それで。あと、もう一言」
ふーーーーぅと、長い長いため息を吐いて姉が言う。
「えっ、あっ、美岬、ありがとうな。気を使ってくれて嬉しいよ。俺からのプレゼントについては、気にしないで、これで終わりにしような。
で、こんな落としどころでいいのかな?」
「うん、ありがとう」
美岬が微笑む。
「美岬ちゃん、こんなバカだけど、きちんと教育するから愛想つかさないでね。
男ってのは、こういうところはほんとバカだから。
で、女にとって困るのは、バカでない男はタラシの可能性が高いのよ。
さらにタチが悪いのは、バカな男で、かつ、何が一番大切かも見失う男だわ。
さすがに、そこまでバカじゃないと思いたいけど、今日のところは、ホントごめんね」
「解ってます」
今日だけで、俺、何回バカって言われたろ……?
「ねぇ、美岬ちゃん、開けて見ていい?」
「当然です」
現金にも、お姉、とたんに露骨にうきうきしながら包装を開け出す。
この現金さ、姉弟で似ているのかな?
おおっ、ティファニーって、オープンハートを売っている朝飯屋かと思っていた。こんなデザインのものも売っているんだなぁ。
姉は、ネックレスを首筋にあてて、鏡の前で喜んでいる。
「ねぇ、美岬ちゃん、美岬ちゃんも付けてみなよ」
おお、キャッキャウフウフが始まったぞ。
ふと思う。
このまんまの方がよくないか?
だって、姉と美岬、小姑と嫁だろ? 立場が。
俺がバカでい続けたほうが、仲良くいられるんじゃないかな?
って、そうか、姉が言いたいのは、小姑と嫁が仲悪くなったら、それは俺の責任だと。常に気を使って、逃げるなと。
「一番大切」って、そういうことか。
その上で、姉が俺の姉で良かったと思う。激しく性格の悪いのが俺の姉だったら、美岬を守って絶縁も考えなければならないんだろうな。「一番大切」を守るために。
家族ってのも、大変なんだなって。
そうか、姉は親戚関係とか、ずっと前から俺の盾になって、苦労してきていたんだもんな……。
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