第24話 ボストン到着
石田佐の予約してくれたホテルは、ボストンの地下鉄を乗り継いだ郊外にあった。
もっとも、乗り継いだと言っても、二十分ほどに過ぎない。
ワシントンでは、機能的なツーリスト向きのホテルだった。ニューヨークは、古き良きアメリカを体現するようなホテルだった。そしてボストンは、現代の普通のアメリカ人が利用するようなホテルだった。
無駄なく、経験値を増やされている気がする。
ここ、なによりもまず、部屋が広い。
今まで、肩を寄せ合うようにして日課のトレーニングをしていたのが、嘘のようだ。俺と慧思の部屋、美岬の部屋の二部屋分の面積を足したら、俺の家の建築面積よりかなり広い。おまけに、この恩恵には与れないけど、駐車場も広大。
綺麗なミニキッチンもあって簡単な自炊もできるし、氷もいくらでも手に入る。スーパーマーケットも歩いて五分ぐらいのところにあった。
ボストンは、ワシントンともニューヨークとも違った。
なにより、「生活」があるような気がした。これは、きっと、このホテルの立地がボストン大学、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学に至近の学生街だということもあると思う。
地上を走る地下鉄の乗客も、学生か職員に見える人が大部分だ。
ホテルに荷物を置いたあと、閉店までまだ一時間ほどあるWhole Foods Marketに行ってみることにした。ついでに、その途中のコインランドリーに洗濯物を放り込んでいくことも決まった。
財布にクォーターコインがたくさんあることを確認して、ホテルを出る。
まずは、コインランドリー。
英語がわからなくても使えるように、イラストで機械の使い方の説明がしてある。わかりやすいな。
そのまま、三人で話しながら、Whole Foods Market に向かう。
……他国から来た、たとえば難民なんて人たちは、この売り場を見たらどう思うんだろうか。
それなりに豊かだと思っていた、日本のスーパーマーケットとも桁が違う。そして、おかしな表現かもだけど、大雑把におしゃれだ。
また、オーガニック系が充実しているらしく、野菜も穀類も、石鹸ですらそういう方向にまとめられている。
量も種類も豊富で、安い食材が天井近くまで積み上げられている。店の入り口には、でかいコンテナ二つにスイカが丸のままピラミッドを作っている。トマトなんか、大きいものが房売りだ。日本では、ミニトマトでしかこういう売り方は見なかった。
店内を進んでいくと、チーズは三十種類ぐらい、肉は各種キロ単位、魚も、鮭で半身単位かよ。カジキの切り身の大きさが、差し渡し三十センチはあろうかという半月型で、厚さが三センチほどもあったのには半ば絶句した。元は三メートルくらいある魚を切り売りしているんだ。
どれだけ豪快なんだ、アメリカ人は。
そんな巨大な食材でも、外食よりははるかに安い。三人で、なんか買っていこうかなどと話しながら歩いていると、日本のスーパーマーケットのお惣菜売り場みたいなところに行き着いた。
売っている惣菜的な料理の種類も多いけど、素材を用意してあって、サンドイッチやブリトーをその場で作ってくれるサービスもあるみたい。
「俺、ここでサンドイッチ作ってもらいたいな」
そう言うと、慧思も、「俺はブリトーで」と言い出す。
美岬は、サラダをたくさん食べたいとのこと。
じゃ、とりあえず、分かれ!
サンドイッチ売り場のお兄さんに、声をかける。
「どのパンを使うかい?」
フランスパンはアメリカでなんて言うんだろ? 分からないので、指差す。
そしたら、お兄さん、すべて身振り手振りに切り替えた。
両手を広げる。……どれくらいの長さにするか聞いているな。俺は、十五センチぐらいの間隔を両手で作る。
お兄さん、ざくざくとナイフでそのくらいの長さにパンを切ると、縦に切り込みを入れた。具を挟む場所だな。
次は、いろいろな種類の食材がスライスされているケースを指差す。
俺も各食材を指差していく。
まずはベーコン。ケースの中なのに、煙の匂いがしている。本物の燻製だ。この匂いがしたので、サンドイッチにすることにしたのだ。チーズ、トマト、オニオンスライス、ピクルス。
すべて本物だ。絶対旨いはず。
びっくりした。
全体が収まるように少量ずつ挟むだろうという前提で注文したんだけど、全体の高さなんかには構わず景気良く挟み込んでいく。ピクルスなんて、縦に半割りしたキュウリ一本分そのままぐいぐいと突っ込む。その他のものもみんな分厚くて、それを何枚も強引に力仕事で挟み込む。全部を強引にフランスパンに詰め込み終わると、さらに強引に円柱形にまとめて、それをごろんごろんと紙に巻いた。
結果として、短めの太い水筒ぐらいの塊になったやつに、価格のシールを貼ってから渡してくる。
なんだこれ、ずっしりと重いぞ。
どうやって食うんだ、これ。
想定外の塊感にちょっとビビる。こんな太い円柱、どこから噛り付いていいのか判らない。こんなに口が開かないし。
なんか、呆然とその塊を持って横を見たら、同じ轍を踏んだ慧思がいた。外見上違うのは、包みが紙でなくアルミホイルだということだけだ。
「ちょっと、持ってみ」
そう言われて、慧思のブリトーを渡される。
思わず笑う。
俺のより重いわ。
「こいつの中身、なんだよ?」
「レタス、チリビーンズ、タコミート、トマト、敗因はドライカレーみたいな米。日本人だからって、無条件にたくさん入れてくれた。
悪気はなかった。まさか、こんなことになるとは思わなかった。今は反省している」
「俺も、同じこと反省している」
俺も慧思も、日本のコンビニで売っているサンドイッチやブリトーが頭にあった。直径が十センチを超えようかという円柱形のブリトーは、神々しさすら放っている。
俺は、ミネラルウォーターのガロン瓶を右手に、左手にサンドイッチ。
慧思は、オレンジジュースのガロン瓶を右手に、左手にはブリトー。
四泊するから、ガロン瓶でも大丈夫という判断。
もっとも、観光できるのは、三日間しかない。今晩はもう、遊びに出られないし、最後の日は早朝に空港に移動して日本に帰るからだ。
美岬の持っているものが、一番体積自体は大きい。
右手には、紙袋に入った大きなトマトがたくさんとブルーベリー。左手に、三十センチ四方ほどのお持ち帰り用ケース。中には、好きほど選んだサラダ類。オリーブの実だけで十種類近くあったとのこと。
「ホテルに帰ったら、宴会だな!」
慧思、お前の言うとおりだ。
うん、アルコールはなしだけど、これは宴会するのが、もはや権利ではなく義務だよな。
ただ、洗濯物の回収は忘れないようにしないと。
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