第21話 油断も隙も許されないな
石田佐の説教は続く。
「そもそもだな、若い間の時間というのは財産であり、いつまでも続くものではなく……」
おかげで、店中の視線がちらちらと集まる。
それが重要。視線を浴びている間は、襲撃はない。
このシチュエーションで「残念ながら」と言うのもすごく変なんだけど、石田佐のお説教は語彙が少ないみたいだ。申し訳ないけれど、陳腐だし、すぐにループしてしまう。学校の先生ならば、一時間は頑張れるのにな。
あの知識量を誇る人が、お説教は苦手というのが妙に可笑しい。でも、この露骨な引き延ばしは、なにかを待っているに違いない。
って、警察かぁ……。
サイレンが聞こえてきた。
表の通りに二台分のサイレンが止まり、苦笑を浮かべた年配の警官と、若い大真面目な顔をした女性の警官が現れた。
アメリカの警察って、いきなり無条件に銃を突き付けるもんでもないんだな。
今度は石田佐が謝ってる。「騒がしてすみません。お店に迷惑をかけて反省してます」とか。
演技にしても情けない。あーあ、なんてこった。
「とりあえず、ホテルまで送りますので、反省してください」
そう言われて、ハンバーガー屋を出る。
ニューヨーク市警のパトカーは二台来ていた。そのうちの一台に乗る。去年、日本のパトカーは乗り損ねたけど、アメリカのに乗れるとは。
内心、Wowって喜んだのは内緒だ。なんか、だんだん頭の中が英語になっていくな。
バトカーのドアが閉まり、走り出す。
運転しているのは、ハンバーガー屋に現れた年配の方の警官だ。
「良くは解りませんが、あなたたちをあの場所から連れ出し、まっすぐ宿泊先までお送りするように命令を受けています」
ハンドルを回しながら言う。
どうやらVIP扱いらしい。後ろから警官三人が乗ったパトカーが追随している。警官がペアでなく、単独で部外者の運転手をするってのは、そうあることじゃないような気がする。
頭の中で推理を続ける。
確度の高い推測だけれど、あの四人は、グレッグ配下の人たち。それ以外の、客の中の二人の方が問題だったんだ。多分、俺の嗅ぎ出した四人と、美岬が体温上昇を観察し、拳銃を確認した六人との差だ。
なんで思いつかなかったんだろう?
慧思と同じにおいをさせているということは、競売会社と空調を共にする建物にいたということだ。競売会社のある施設は、その中に政府系のテナントもあった。そこでブリーフィングがあったんだ。襲撃側のブリーフィングが同じ建物で行われた可能性はないとは言えないが、決して高くない。
その上で、グレッグを信じれば、「偵察からの保護」という答えが導き出せる。
美岬が日本語で、遠慮がちに聞く。
「どこまで、状況が判っているのですか?」
石田佐がやはり日本語で答える。
「私はメールを受け、Gに何が起きているのかと確認を取った。
Gは、萩原朔太郎が行きたかった国の機関が動いていると返事をくれた。どうやら、入国時から少人数での監視下に置かれていたらしい。Gは、スティーブン・F・ウドバーハジー・センターで発見したと言っていたよ」
同乗の警官に気を使って、日本語でも固有名詞は出さずにしゃべるつもりらしい。
Gはグレッグだな。デューク東郷でないことはたしかだ。萩原朔太郎が行きたかった国って、武藤佐が去年いたフランスじゃねーか。「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」だな。
そうか、フランスはフランスなりに、知らないうちに去年、国内で他国の諜報機関同士の争いをさせちまったことを気にしているに違いない。テリトリーを汚されたわけだからな。
その時にそれなりに話を通していても、武藤佐が継続観察対象になっていておかしくない。
去年の事件後、俺たちは、カバーストーリーの中で生きている。
組織に関係していた高校生は、学校に退学届が三通いつの間にかファイルされていて、行方不明ということになっている。そして、今、ここにいる俺たちは、組織に属する高校生からカムフラージュとして使われただけの、ただの高校生というカバーを被っている。ただし、美岬のカムフラージュとして使われた少女だけが、日本の対象国の工作員に誤認された末、殺されてしまったという筋書きだ。
だから、美岬はその後仲良くなった、別の女子ということになる。
ああ、判った。
あの時、対象国の工作員は、色々と間違った資料をたくさん持たされて国に帰った。
その中には、姿を隠した少女の「本当の顔」もあった。この一年、曲がりなりにも、平和に過ごせてきたのは、そういった工作がうまくいっていたからだ。
ただ、その情報が、対象国からフランスには流れなかったのだ。仲が良いようで、敵同士って感じだからな。
諜報機関は、今はデータの洗い出しをコンピュータに頼っている。フランスのコンピュータが、情報の更新もないままに、継続観察対象の武藤佐の肉親の写真も検索対象としていたのだろう。そこへ、美岬の写真がネットに流出したもんだから、アラートが出た。
去年の顛末の情報は、日本からフランスに流していないから、美岬の顔が、「本当の顔」で上書きされていないんだ。
結局、それだけでは、わざわざ日本まで何かをしに来ようという話にはならなかったのだろう。積極的な監視じゃないだろうし。
遠藤さんと小田さんも、イギリスからSR71に乗って帰国しているから、やっぱり詳細は掴みきれていないだろう。
ただし、アメリカまで美岬が移動したので、とりあえず見に来たというのが妥当な線だろうな。その中には、危害を加えるというオプションまではないだろうけれど、状況次第では継続観察対象に加えられる可能性は高かったと思う。
となると、店の中で騒いで警察に連れて行かれるっていうのは、いい結末だな。
ああ、石田佐が慣れない説教かましてくれたのも、そういうことか。
一番いいのは、カムフラージュに利用された方のバカな高校生と見てもらうことだ。呆れて監視を解いてくれるかもしれない。
もっとも、そう一筋縄ではいかないだろうけど。
石田佐が言う。
「ここまで言えば、あとは大体想像がつくかと思う。あとは、ホテルの着いてからにしよう」
俺たちは無言で頷く。
十五分ほどで、パトカーはホテルの前に着いた。
ドアマンのお兄さんが、パトカーから降りる俺たちを心配そうに眺めていた。
「ノー プロブレム」
と笑って見せる。
ホテルのロビーには、グレッグがいた。
「このまま、部屋から荷物を持ってきてください。あなたたちは、パトカー内でも騒いだため、ホテルからニューヨーク市警に行き先が変わり、そこでも態度が極めて悪かったので大使館と協議のうえ、日本に強制送還になります」
なんだって!?
石田佐が笑う。
「そりゃあ、よっぽどだったんだね、私たちは」
「ええ、あまりに酷いので、空港までお送りします。ボストン行く便のね。ボストンの予約済みのホテルは、今晩からと一泊増しておきました。逆に、このホテルは、あえて一泊分をキャンセルしていません」
ああ、なるほど、そういうストーリーなのか。
米国内で行方不明、実は強制送還されていた、だ。
「荷物を取ってきたら、せいぜい、反抗的に私に接してください」
グレッグはそう俺たちに言うと、片目をつぶって見せた。
「ランチは済んでいますか?」
黒塗りのリムジンの中で、グレッグが聞く。
ごたごたのせいで、もう、ランチの時間も終わる時分だ。本当だったら、ファイブガイスでハンバーガーに挑んでいたところだ。
「いや、まだ」
石田佐が答える。
「じゃあ、ニューヨークを強制退去になる前に、ステーキを食べていきましょう」
グレッグがいう。
アメリカにいるのに、ステーキはまだ食べていない。
わくわくする。
やっぱり、俺、自分で思ってるより現金な性格だわ。すぐ食い物に釣られる。
「あなたたちの国のレストランには、歴史で及ばないかもしれませんが、開店から百三十年にもなるブルックリンの老舗なので、期待してください」
おおっ、それは凄い。
ってか、半分皮肉を感じないでもないけど。
でも、それって、旅行ガイドで行きたいねと三人でため息をついた、あの店じゃないか?
グレッグは話を続ける。
「食事の前に、話を済ませてしまいましょう。
我々は、ウドバーハジー・センターで、あなたたちを遠くから後をつける二人組を発見しました。見通しの良いところですので、うまくやっていたとは思いますが、我々の目はごまかせません。全入場者の行動パターンを、常にコンピュータでも解析していますから。
空港近くのあなたたちが泊まったホテルに確認を取ったところ、この二人が後を追いかけている友達と称して、フロントとドアマンに行き先を確認したことも確認できています。
我々は、我々の国内問題として、すぐに即応部隊を配置しました。
ただし、偵察が隠密偵察に留まるものか、威力偵察に踏み込むものかはわからないので、即応部隊にもとりあえずは静観の構えをとらせました。
隠密偵察ならば何も起きませんし、威力偵察ならば襲撃してきてもすぐに排除ができるので、結果として、あなたたちに危害は及ばないはずと見込んでいました」
そうか、テリトリーを持つ者の責任か。俺たちは、客として認められているらしい。
「もう一つ、今回のことについては、我々の手の内を晒さずに済んだことはありがたいことです。
我々は一定の人員を配置しました。もしも、その人員が威力偵察の阻止をするとなると、相手側にその人員の面が割れることになってしまいます。相手側を無条件に処分するのでない限り、けっして良い取引とは言えなくなってしまうのです。
そこで、Naughtyな演技をとっていただけたのは、こちらとしてはとても助かりました。すぐに、ニューヨーク市警に協力を求める口実にもなりましたからね。
ただ、こちらも、日本政府の要人の子息なので、と警官の暴走を抑える保険はかけましたが……」
「ありがとうございます。ただ、あの場では、それしか手がなかったんです」
俺が答えた。
「で、どうやって、我々の即応部隊を含む監視の存在を見抜いた?」
次のグレッグの質問は、口調といい、タイミングといい、プロのものだった。
語調の最後はもう、急転直下の尋問調だ。
石田佐も助け舟が出しようのない質問だし、俺だけだったら、絶対にぼろを出していただろう。
「今でも訓練を欠かさない、軍人上がりでしょ? みなさん」
ゆっくり、のんびりした口調で慧思が答える。相変わらず、飄々とした口調だ。
慧思、もしかして予想していたかな? この質問。
「石田さんと競売会社に行ったので、私だけ遅れてハンバーカー屋に入ったんですよ。ドアを開けて店に入るときに、たまたまみなさんの後になりました。全員、歩く時に、普通の人より膝を上げる高さが高いのと、無意識に歩調を揃えちゃってたんですよ。軍人の歩き方ですよね」
……慧思、マジか。俺が警報を出す前に、すでに疑っていたのか。
文字通りの驚愕。
さすがとしか言いようがない。
でも、これがもしも慧思のハッタリだとしたら、「さすがとしか言いようがない」を二乗にしちゃる。
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