第19話 夕食、朝食そして


 夕食を食べに出た。

 ペーグルサンドとコーヒーで簡単に済ませたけど、パンに挟んであったスモークサーモンは本当に美味しかった。

 完全に元通りとはいかないけれど、美岬は買った服を着て、また綺麗な姿に戻っていた。本当はもっと良いレストランとかの方が良かったのかもだけれど。


 ホテルに戻り、それぞれの部屋に帰る。

 慧思が言う。

 「なぁ、お前と俺の仲だから言うんだが、うまくいったんだろ?」

 「えっ?」

 「判りやすくキョドるな。

 あのな、それはいいんだけど、明日、間違いなく石田佐にバレるぞ。雰囲気というか、オーラみたいなものが、二人分が一つになってるというか、妙にねばっこい」

 「えっ?」

 「もしかして、気がついてないのか?」

 「どうしよう? どうしたらいい?」

 狼狽。

 思わず、口走る。

 「俺が知るか、バカヤロー」

 すまん、慧思よ、本当にすまん。

 お前が吐き捨てても仕方ないことを、俺は聞いた。


 「いや、美岬が全然違うように見えているんだけれど、それって、俺から見てだけじゃないんだ?」

 「お前も、いつもと完全に違うように見えてる」

 「マジかよ。石田佐に、バレたらどうなるだろ?」

 慧思、お前さ、今、俺のことを、心底馬鹿を見るような目で見ただろう?

 「ため息一つ吐いて、終わりだろ。

 こんなの、計算済みだよ、あの歳の人たちは。

 ……むしろ、計算通りかもしれん。判らないお前じゃないだろ?」

 「だからって、見え見えってわけにはいかないよな?」

 「当たり前だ」

 「えーっ、マジかよ? どうしよう?」

 「無駄な努力をしろ。それしかない。

 努力をして見せること自体が大切なことも、この世にはある。美岬ちゃんに、ヤッたら冷たくなったと誤解されないように、連絡だけはしとけ。

 ったく、なんで俺がこんなことまで……」


 慧思はぶつぶつ言い続けているけど、こんなことをやっかみで言うことはないということはよく解っている。

 それに、うすうす判ってはいた。夕食を食べていても、美岬と視線の会う頻度がハンパない。超能力でも身につけたかと思うくらいだ。きっと、俺が美岬を見る、美岬が俺を見る頻度が異常に多いんだ。

 参ったな……。



 − − − −


 朝。

 ホテルのロビーのソファで、石田佐を待つ。

 美岬とは、あえてほんの少し離れて座る。意識して視線を合わせる頻度を落とすと、いつもの密度に戻れた気がした。でもね、美岬の香りが違う。明らかに昨日までと違う。俺しか判らないからいいようなもんだけれど。

 なんか、取り返しがつかないことをしたような気がしなくもない。


 今日は午前中、競売会社で御物の下見を行う予定。

 石田佐が現れた。

 「おはよう」

 「おはようございます」

 颯爽としているなぁ。白髪の上品そうな外見は老紳士と表現してもいいのに、体のリズムは遅くない。


 石田佐、いきなり表情を改め、俺の目を覗き込んで低い声で爆弾を投下した。

 「昨夜、したな?」

 げっ! いきなりかよ!?

 「わっ、判るんですか!?」

 「カマをかけただけだ」

 平然と言う石田佐を前に、俺と美岬はぺちゃんこになった。


 石田佐は、そのあと、なに一つ触れなかった。

 ただ、仕事の前に朝食を済ますから、ついて来いと。

 The Smithというお店。

 ニューヨークが発祥だから食べておけと、エッグベネディクト。

 普通の水と炭酸水のビンが、テーブルに置かれる。なんか、日本にいるときよりも水を飲む機会を確保するのが大変で、こういうのは嬉しい。

 ベリーのたくさん乗ったヨーグルトとシリアル、フレンチトースト、エッグベネディクト。どれも美味い。

 ワシントンで感じた、アメリカで餓死するかもという危機感が嘘のようだ。


 「キッチンからのプレゼント♪」

 そう言って、太ったおじさんが、揚げたパンを持ってきてくれた。

 揚げたてだよ、これ!

 バージンエキストラのオリーブオイルの香りがぷんぷんする。生地には、黒オリーブが刻み込まれている。これはもう、美味いなんてもんじゃない。反則だよ。素晴らしい。

 やっぱり、お金を持っている国だけあって、美味いものは美味いんだよなというのが、今時点の結論になった。



 石田佐が、ちらっと時計を見た。

 「まだ、三十分ほど時間の余裕があるな。ちょっと付き合いなさい」

 素直に従う。

 石田佐に着いていけば、いろいろ間違いないと思う。


 五分に満たないくらいかな、歩いたのは。

 古い石造りの教会。

 ここ、旅行ガイドに載ってないよな? こんな所に、なにがあるんだろう?

 石田佐が教会の裏に回って、牧師さんに案内をお願いしている。

 牧師さんは、箒を手に取って、別庭に通じる鍵を開けた。


 庭に出て、教会の建物から近い白いプラスチックのベンチが置いてある横の地面を、ガサガサとダイナミックに掃き散らす。

 「見なさい」

 石田佐の言葉に従って、地面を見下ろす。


 そこには、乾いて白い部分と、掃かれて落ち葉はなくなったもののまだ濡れて黒い部分とで、まだらになった墓石があった。すでにすり減って読めない字もあったけど、こう刻まれていた。


  『No.95 COMMODORE

MATTHEW CALBRAITH PERRY

     1794-1858』


 これは……。

 「ペリーの墓ですね!?」

 「ああ、遺骨は改葬されてここにはないけれど、ペリーの墓だよ。フィラデルフィアには、ビドルの墓もある。

 日本の歴史に影響を与え、日本人誰もが知っている名前となっているのに、観光コースから外れて忘れられてしまっているのは寂しい話だ。が、我々は覚えておかないと」

 そうか、この人が日本に来てから、日本の歴史は現代につながる激動期に入った。功罪はともかく、日本の現代に至る道はこの人から始まったのだ。


 キリスト教徒の墓に、仏教式に手を合わせるもどうかと思ったので、三人で黙礼をした。アメリカは、日本よりはるかに歴史は短いけれど、短いからこそ、その痕跡をたどるのは容易いのかもと思った。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ペリーの墓、あげておきますね。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1381380319819878401

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