第2話 任務実行にあたっての判断基準


 「任務の話をしよう」

 坪内は切り出した。

 「空挺所属の自衛官三名を組織に迎えるかどうかの最終判断と、迎える場合の実行手段ですね」

 朝倉も、当然、書類は読んできているらしい。

 リクルーターは、相手がよほどの大物でなければ若手の仕事となることが多い。


 「対象の名前は、中堂進、遠藤猛志と小田勇人だ。全員、背景バックボーンに問題はない」

 「組織に迎えるかどうかの、推挙の最終判断についてはこちらに任されていると思いますが、坪内さんはどの段階を以って最終判断ポイントとして考えていますか?」

 朝倉が訊いてきた。


 「私は基本的に、空挺所属に至った人間の背景を疑う必要はないと思っている。原隊での調査が行われているはずだ。

 だから、組織のことを話すこと自体のリスクも少ないだろう。基本的に全員推挙対象だ。

 君はどう考えているんだ?」

 「私は、どの段階に到達した人間であっても、組織のことを打ち明ける以上、背景の確認を取りたいと思います。また、自衛官としての能力は疑う必要はないと思いますが、組織の一員である『とねり』になるのは、また、別の資質が必要と考えています」

 「君の考える、とねりの資質とはなんだ?」

 優秀な者を採るので良いではないかと、坪内は思う。

 そもそも反社会的な者や能力に欠ける者が、空挺まで行けるはずもない。


 「目に見えぬものを大切にすることです。とねりは、何かの臨在感を感じ取り、大切にできることが絶対に必要です」

 坪内は、鼻で笑うという表情になるのを抑えるのに苦労をした。

 そんな物が、何の役に立つというのか?

 幽霊でも信じろというのか?


 「君の言っていることが解らない。

 組織つはものとねりの仕事も、大部分が自衛とアメリカからの要請による諜報活動だ。

 作戦遂行能力を生かした作戦も、その場での現実的な判断を求められる。君のいう資質は、実務遂行上、むしろ排除すべきものだと思うが」


 坪内の言にも、朝倉は一歩も引かなかった。

 「我々は、国家に属する機関ではありません。

 我々の最終目的は、南の血脈の維持であり、それに尽きます。

 血脈それ自体は具体的なものですが、それが具体的な何かを伴っているわけではありません。

 北の血脈が国家の象徴として、具体的な組織と密接な関係があるのとは対照的です。

 我々のアメリカからの要請を含む作戦行動は、南の血脈維持のための組織力を維持するための手段です。

 あまりに現実的、効率的な思考の持ち主は、抽象的な南の血脈を維持するという主目的を忘れ、目先の具体的かつ現実的な任務のために、目的と手段を取り違えていくでしょう。

 その結果、過去には南の血筋を押し立ててクーデターを謀った例すらあります。

 そのような事態は避けねばなりません」

 「なるほど。天皇機関説という言葉があったが、その機関にすら相当しない南の血筋は、極めて抽象的曖昧さの中にその価値を見いださざるを得ないと言うことか」

 「はい。それを全く認めないという人材は、国家の諜報機関であれば良いでしょうが、『つはものとねり』だけに関しては、必ずしも良い人材とは言い難い場合があると思います」

 なるほど、と思わされた。確かに、その一面は否定できない。


 朝倉の言うとおり、現実的、効率的な思考のみを突き詰めれば、その判断の方が当然だ。南の血脈を維持すること、それだけが本来の存在価値レゾンデートルのはずなのに、日々追われている仕事は極めてハードな諜報戦なのである。

 世代単位のスパンで行われる任務と、日々追われている現実的な任務を無意識に比較し、スパンの長い任務の方が徐々におざなりにされるのはありそうなことだ。

 組織としても、個々の構成員の考えとしてもである。

 坪内自身も、例外ではない。


 つまり……。

 「『つはものとねり』の有能さは日々証明されている。この有能さを持ってすれば、この国をもっと良く変えて行けるし、南の血筋を残す仕事は五年後でもなんら問題ない」という誘惑に徐々に侵食されるのである。これは一見、目的意識に反しないだけに恐ろしい。


 最悪の場合、この論理で他組織からの誘導を受けたら、自覚もせぬまま「つはものとねり」のためと称して裏切り行為を働いてしまう者が現れてしまうかも知れない。

 それを防ぐのは、朝倉の言う、なにかの宗教観のようなものなのかもしれない。


 坪内自身も漠然とは感じていた疑問について、明確な整理がされた気がする。

 ただ、自分のそれを解決できなかったのは、思い込みである。そのような視点は、百害あって一利なしとして排除してきたのだ。


 朝倉は、代々この組織のために働いてきたと言っていた。

 スカウトされ、この組織の一員となった自分とは、根本的に視点が違うのだ。

 なるほど、と思う。

 これを学ばせるために、上司は自分をこの女と組ませたのか。


 「言いたいことは理解したけれど、その確認にはどういう方法をとったらいいと思う?」

 坪内は、自分の口調が砕けたものになるのを自覚しながら、そのままに任せた。朝倉をリスペクトし、自分と同等の者として話し出した自覚がある。


 「徹底した訓練を受けて、さまざまな恐怖も克服してきた人たちでしょうから、確認は難しいと思います。

 でも、すみません。偉そうなことを言ってしまいますが、宗教・神様のジャンルの話か、幽霊・虫の知らせのジャンルの話のどちらかでもしてもらえれば、その反応から私には判ります。

 欲をいえば、両方ならば確認が二重になります」

 「神の臨在感や、幽霊を最初から信じていないのか、それとも、その恐怖を克服した経緯があるかということ?」

 「はい。鼻で笑う、克服してきて恐れながらも対応するなど、すべてパターンが異なります。先ほど坪内さんが、子供時代の恐怖を思い出したように」

 くっ、と詰まった。


 この女は、怖い。

 初めてそう思った。

 淡々としたその言い方はブラフではない。事実を事実として、そのまま話しているだけなのだ。

 同時に上司の言葉が思い出された。「彼女の方が君を形ばかりのバディにして、業務を彼女一人でするって感じになっても私は驚かない」と。

 現実にそうなりつつある。人材スカウトの視点を設定し、その実行までを一人で行おうとしている。

 幾分、その能力がチートなものだと思わされるにしても、だ。


 だが坪内にも意地がある。このまま、すべての主導権を与えるつもりはない。そもそも、自他共に認める病んだ人間に敵わないとしたら、己の存在意義に関わる。


 「そのあたりの確認は私がしよう。言いにくいが、自衛官たちに君がそれを言うと、間違いなく病んだ女の戯言と思われる」

 「だからこそ、いいんじゃないでしょうか?」

 「よくない。

 朝倉さんが個人として誤解されることについては、私は一向に構わない。

 君自身もそう思っての今の言葉だろう。だが、この調査は、組織の外部の人間に対しするものだ。

 組織の内情や構成員の資質を勘ぐられ、スカウトを断られることは本末転倒だ」

 内心、忸怩じくじたるものを感じながらも、坪内は冷たく言い切った。


 だが、朝倉に、傷ついた風はなかった。

 「ありがとうございます。

 お気になさらずに。

 私が他者からどう見えているか、私自身が一番よく知っています」

 ……まただ。こちらの心情をそのまま読み取って、話をしてきている。


 十年前の事件だけではない。

 他人の嫌悪感や悪意を、この感受性で感じ続けながら生きること自体が相当に辛いものであるはずだ。

 その理解と同時に……、この女の母親の考えも理解できたような気がした。

 結局、この女の人生の選択肢は二つしかない。

 普通の社会で生きられない以上、過去と現在と共に生きて未来を紡ぐか、自らを閉ざすかの二択である。そして、この朝倉美桜という人格は、自らを閉ざすことを良しとはしていない。


 ならば、健常者以上の働きをしてもらおうじゃないか。

 そして、その前提で扱うと坪内は心に決めた。

 「私が話す」

 もう一度宣言する。


 「なので、フォローを頼みたい。実行手段は、研修名義で呼び出し、その中で質問し対応を見る。

 空挺まで進むような人材ならば、国の組織の実際について知っておくべきだし、そのための研修があってもおかしくはあるまい。

 ましてや、国体維持の話ならば、組織のことを仮定のものとして匂わせても問題が生じにくい。

 その中で、レスポンスがこちらの想定以下ならば研修のみで終わり、具体的な組織の話は出さない。

 それでいいかな?」

 「はい。良いやり方だと思います。研修であれば、私もアシスタントという位置付けで同室しやすいです。

 ついては、お願いがあります」

 「なんだろう?」

 「研修のときは、パワーポイントを使って講義してもらえませんか?」

 「なぜ? って、分かった。

 暗い場所ならば、相手の反応を見やすいのだね?」

 「そのとおりです。しかも、こちらの表情を読まれなくて済みます」

 「問題ない」

 そう答えつつ、坪内は、一緒に仕事をする相手として、歯車がかみ合っていくのを感じていた。


 「さらに、もう一つあります。

 パワーポイントは、あたり前のことながら、PCの使用が前提です。そこで、坪内さんと私は、研修の合間にもメールのやりとりができます。

 もっとも、メール画面をプロジェクタで映してしまったらアウトですが」

 「さすがに、そこまで間抜けではないよ」

 坪内は小さく笑いながら返した。

 「でも、朝倉さんがパワーポイントを操作しながら二台目のPCでメール、私は携帯でそれを読む形のほうが安全だと思う。事故というものは起きるものだからだ。

 パワーポイントがいきなりダウンしても、同じ事態が起きる。

 そこまでの制御はできない。だからその手段は避けるべきだろう。

 で、三人を直に観察しながら、我々がディスカッションする必要があると、朝倉さんは想定を?」

 「考え過ぎかとも思いますが、三人のうちに、例えば他国のスリーパーがいることは想定しておくべきです」

 坪内は、自分のことを相当に疑り深い人間だと思っていたが、この女はその上を行く。

 

 だが、彼らは、元の組織ですでに詳細な背景調査がされている。そのような対象に対しても、警戒をし続けるということが無駄なことなのか、全てを疑うという諜報の基本に沿ったものとして良いのか、と考えた坪内は、改めて気がついた。


 嘘を見抜ける神の視点を持つということは、人の嘘の多さに気がついてしまうということなのだ。

 疑い深くもなるだろうし……、朝倉の精神にとっては、不幸なこととしか言いようがない。


 坪内は浮かんだ考えを頭から追い出し、研修形態での観察を行う案で、上司の決裁を得ることを決定した。

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