第48話 一週間後


 高校は夏休みに入った。それだけでなく、夏休み中のどこかで取れる、フリーな一週間がある。嬉しい。今回のことで、全員、一週間の休暇が公式に認められたからね。

 美岬、慧思と、できれば近藤さんも誘って、海水浴とか行けないかなぁ。スイカ割りしたいぞ、スイカ割り。八月中旬には、少なくとも左腕は復帰するし。

 でもって、どこかで慧思を振り切って、美岬と二人で海を見たいぞ。


 自由参加とはいえ、ほぼ全員が出席している高校の夏休み補習に顔を出すのも悪くない。今まで一度も出たことないからな。俺たちの成績で出ろと言われはしないけれど、それなりに学校にも友人はいるのです。

 あー、我ながらテンション、高っ!



 夏休み前の一週間、姉に車で高校に送り迎えをしてもらっていた。両腕が固められていると、自転車無理だったし。

 なんか、お姉、嬉しそうだった。気持ちは解るけど、でも、本当に申し訳ないけど、風呂とかも自分でできる方が俺としては嬉しいんですよ、お姉様。

 おまけに、毎日届く求婚メールだったり、真面目なお付き合いの申し込み手紙だったりはなんなんだよ? 合気道の道場も大繁盛だって? お姉が飲ませて潰した相手だろ?

 自分で責任取れよなー。弟は知らないぞ。



 美岬も、姉とともに俺の日常をフォローしてくれている。

 一週間、いろいろと面倒を見てもらってさ、分かったことがある。

 美岬の信頼しきった目。それと、俺に、躊躇いなく重傷を負わせるギャップ。その二面性が魅力で、同時に危うさで。


 多分、俺が真面目な顔で死ねと言ったら、美岬は死ぬんだろうな、などと思う。

 そういう風に育てられたというのは解るんだけれど、一生の長いスパンで見たときに、刹那的に過ぎないだろうか。

 もっと自分を、自分の命を大切にして欲しいよね。

 これから、一緒に人生を歩きながら、そういった生き方を見つけていかなきゃだよね。仕事と、そういった生き方は、両立しえないものでもないと思うんだ。



 慧思、お前には言いたいことが山のようにある。俺はな、鼻の穴ではメシが食えない。耳かきを鼻の穴に突っ込むな。トイレだって、わざわざ見に来られなくったって、出すことは一人でできるんだ。お前がいなくても、ウォッシュレットは偉大なんだよ。

 あげくの果てに、なんだ、それ。

 二人羽織のためだけに、新潟のじーさんから羽織を送ってもらったのか? 馬鹿じゃねーのか、お前は? 判っていて痒いところに手が届くように邪魔しているだろ? 俺はお前のおもちゃじゃねーんだよ! なんだ、その小学生ダンスィのような無邪気の行動は。

 それより、じーさんにきちんと会いに行け。それから、一週間時間ができたんだから、近藤さんのことどうにかしろよ、な。


 慧思の妹の弥生ちゃんは、あれからうちに入り浸っている。姉が家事から勉強まで、すべて教えてるみたいだ。頼むから、酒の飲み方までは教えないで欲しい。でも、なんか、お姉を信仰している雰囲気が少し恐い。

 飲み出さなきゃいいけどなー、飲ませなきゃいいけどなー。俺たち以上に未成年だからなー。



 と、なんやかんやで一週間過ぎたけど、差し支えない範囲でということで、いろいろな情報を教えてもらうことができた。


 まずは、あいつ等の未来。

 部下たちは、順次強制送還。

 彼らは詳細も知らないし、国に返しても処刑まではされないだろうし。

 首謀者だった男は、対象国側から引き渡し要請が来たけど、さくっと無視。

 で、極めて悪質な轢き逃げ犯、しかも、逮捕の際に銃を振り回した凶悪犯として国内刑務所で服役という名の監禁の予定。美岬の情報とか知っているから、身柄を返せないんだよね。

 ま、人道的に国内法に沿って粛々と処理ができますからね、こっちは。


 でもって、本人は大喜び。国に帰ったら間違いなく処刑だったんだそうだ。政治犯ではなくて単なる凶悪犯罪者にされた方が喜ぶって、なんかいろいろが逆転しているみたいな気もするけれど、まぁ、それはそれでいいんじゃないか?

 で、数十年の服役期間が経てば、俺たちの情報は古くて使い物にならないってわけ。

 個人的感情としては、美岬の敵討ちという気持ちもなくはないつーか、激しくあるんだけど、生きていてもらった方が復讐には好都合ってんだから、まぁ、頑張って生きていてもらいましょう。


 美岬の母親が言うには、しばらくは、首謀者の男からこんなこともあんなことも聞いちゃったんだけどーって、対象国をいびれるらしいし。

 「相手の国をいびればいびるほど、あの男としちゃ、この世の中から居場所が減って行くということで、あらまぁ、かわいそうだわね」と容赦ない真っ黒な台詞、来ましたー。

 でも、俺も殺そうとしていたらしいから、それで可哀想とは思えません。で、殺そうと決心した理由が、そして人数を割いた理由が「念のため」なんで、複雑。

 ある意味、この世界では無条件に正しいけど、「念のため」で殺されるんじゃ、たまったもんじゃねーよ。


 ともかく、こちらの方は勝負がついてしまったので、相手国のこれからの出方は、領土問題なりに制限されて行ってしまうだろうとのこと。領土問題は、ダイレクトに表の機関の仕事だから、こちらは少しは楽になるみたいだ。



 パリで身柄を確保された女子についてだけど、美岬の母親の見立てでは、過去の経験や洗脳で、人格的に深刻かつ不可逆的な障害がある可能性があると。

 その一方で、それに異を唱えたのが坪内佐。

 正常の範囲内にあるかもしれないと。

 ギフテッド特有のOE(OverExcitabilities 過度激動)が見られ、さらには自閉スペクトラムなりの特徴もあるにせよ、きちんと検査をして対処をすれば、少しずつでも本来の性格に修正されていくかもしれないと、真逆の可能性を提示。


 で、皮肉なことに……。

 坪内佐がそう考えたのは、敵のリーダーのことを異常性癖者だと見たから。

 で、そういう性癖を色濃く持った人間は、をいじめても満足はしないと。正常な人間を歪めてこそ、悦びを感じると。

 もう、真っ黒すぎて、いや、これは「黒い」じゃないな、「汚い」だ。生理的に嫌悪感を覚えるレベルだ。

 とにかく、汚い中からも、救いの可能性を見つけてくれた、坪内佐を尊敬せざるを得ない。


 一瞬、そんな能力があるのならば仲間に、なんてことも頭をよぎったけど、確かに危険すぎるよな。こちらからすれば危険だけど、向こうからすれば昨日までの味方と戦うことになるわけだから、そんな状況に置かれる方が辛いというのも理解できるし。

 身柄の確保は、少なくとも十年の単位で行われるようなんで、あとは彼女次第だよね。

 ただ、産総研に、意図的リークがあったみたい。

 どーせ、坪内佐のしわざだ。

 これで居場所とか、リハビリ環境とか、確保するらしい。産総研側も密かに協力を求めてきていて、新技術の次世代ニューロコミュニケーターが作れるかもと。きっと、俺らの視覚、嗅覚よりも将来性がある能力なんだろうなぁ。



 その坪内佐は、次の仕事だといって、また、別の仕事で会うでしょうって、それだけ。

 お礼に行ったけど、三分で終了。

 ちょっと、淡白すぎないか?


 でも、あとから遠藤さんや小田さんが現れることを可能にした準備ってのを聞いて、さすがに呆然としたわ。

 実用できる世界最速の飛行機、SR71の必要経費で三億円超、十時間という時間をそれで買ったんだと。一秒八千円を軽く超えるのかよ?

 しかも、それをアメリカに出させたって、あんた、やっぱり鬼だろ?

 敵のリーダーが、絶句するほど驚いていた意味がやっと解ったよ。


 坪内佐の忙しさというものが、ようやく理解できた気がする。無事を喜び合う時間、それすらももったいないのかも。でも、冷たい人じゃない、それは解っている。


 も一つ穿ったものの見方をすれば……。この結末、すべて坪内佐の手の内じゃないかと思う。

 美岬、俺、慧思を餌に、あの連中を釣り上げたんじゃないか。

 俺が必死でやったこと、坪内佐に談判したこと、全てが実は坪内佐の手のひらの上だったんじゃないだろうか。慧思の祖父を誘拐させたことすら、もしかしたら。

 だって、振り返ってみると、深夜の官庁で俺たちの力を超能力呼ばわりされたときから、俺たちはあの人の手のひらの上だったような気がするんだ。

 あそこで、駒として使えるかの確認をされた。


 だってさ、アメリカにSR71の出動要請したのは、どう考えても深夜の官庁での打ち合わせの前になる。ゲーム理論的に考えて、あの時点ですべてを見切って手を打ち尽くしていたんだとすると、美岬の体につけた発信機の準備とか、TXαの準備とかが深夜にも関わらず済んでいたことも腑に落ちる。

 この推測が正しければ、坪内佐は、武藤佐ですら敵わない恐ろしい人ということになる。


 としたら、俺は、俺たちは、坪内佐のシナリオを超えたんだろうか? それとも不十分な駒だったんだろうか。それはとても気になるな。

 TXαの致死率について、どう考えていたのかも問い詰めたい気はするけれど。

 ただ、どうも、聞いていたより安全な薬のような疑いが捨てきれないんだよね、俺。

 虚実織り交ぜて、本当のことは佐クラスしか知らないなんてこと、大量にありそうじゃないか?


 真相は判らないし、話してくれるにしてもきっと先のこと。

 それでも、きっと、今のこの結末の可能性が一番高いと踏んでいたことは間違いないと、俺は思う。でも、最悪に備えて手を打ち続け、ここの場所に着地させたわけだから、こうなるっていう確信を持っていたわけでもないのかなとも思う。でも、どの段階で、全てを手のひらの上に置いたんだろう?


 敵さんは、いっそのこと、坪内佐を誘拐した方がよかったんじゃね? と思ったけど。

 美岬曰く、「人を陥れようとしている人間は、得てして自分が陥れられることに気がつかない。で、坪内佐の場合、気がつかないと思う?」だとさ。

 そりゃそうだ、俺もそう思う。

 思い返してみたら、坪内佐の護衛なしの単独行動、一度も見てないし。


 で、美岬の母親とバディの時期があったのは事実だと。

 「つはものとねり」で、最短記録だったらしいけれど。

 それでも、まあ、道理で息が合っていたわけだ。でも、美岬の母親が結婚しちゃったから、バディ解消。同性だと結婚後もバディが続くらしいけど、まぁ、異性同士のバディは、家庭に不和の種を持ち込むことになりかねないってのは理解できる。

 美岬の父親ってのが、どんな人かも判らないから、何とも言いようはないけどさ。



 あと、結局、美岬の母親はこれで帰国することになるんだって。

 一つのプロジェクトが終了したこと、政権交代(復帰?)が行われてから一定の期間が経ち、国としての対策が立ちつつあるということの二つから、「つはものとねり」が非公式に無理をする事態が終わったということらしい。


 でも……。

 S国はこれから、さらなる地獄になると。

 そして、その次のシナリオが、もう始まっていると。「つはものとねり」どころか、日本でさえどうこうできるレベルは超えてしまったらしい。

 その中で、日本の権益を守った、そこまでが武藤佐の仕事だったと。

 武藤佐、これから起きることを俺たちには話さなかったけれど、ひどくひどく辛そうだった。



 最後に、俺たちの安全について。

 身替わりの少女(樹脂とシリコン製)のおかげもあって、身を隠す必要もなくなり、いつも通りに日常を再開できる見込みがたった。

 人違いで可哀相な少女が殺され、本命だったはずの少女たちは行方不明。

 そして、俺たちの高校には、架空の名前の退学届が三通いつの間にかファイルされていたという筋書きなんだってさ。

 一週間の間に、そこまで工作を進めてしまったらしい。

 名前も顔も突き止められないほど人を隠すってのは、この世界よくある話で、もともといない人を隠す偽装をしても、他機関からは真実の突き止めようがないそうだ。

 なるほどなぁ。

 なんとかと、なんとかの化かし合いの高度なやつだねぇ。

 なにより、架空だから、俺たちの日常は変わらず、転校もしなくていいってのがキモだね。



 でね、そんなのも含めで、すべてを最初から順番に思い返して気がついた。

 今から考えると、地の利はこちらにあった。天の時も来た。そして、人の和は最初から勝負にならなかった。

 あの連中と違って、一緒に笑える人たちがいる。負ける要素、なかったのかもな。



 で、とりあえず、一週間の休暇だ。

 それで、美岬の母親が珍しく一週間も続けて自宅にいるっていうんで、なんか、美岬が楽しみにしているけど、ちょっとそれだけでは済まないことになりそう。

 だって、なんと、美岬の父親までもが合わせて一時帰国するんだって。美岬の父親の観察の機会があるってことは、なんか、期待大なんだけれどね。


 あ、俺も観察されるのか。遠くから、俺だけが観察できないかなー?

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