第46話 温泉経由病院行き


 近くの温泉施設の福祉風呂。

 まぁ、個室だし、手足の不自由な人に配慮されているから、まあ、施設自体は良いんだけど、それでも両手が使えないとどうにもならないな。


 ま、慧思も川の水で、徐々に臭いだしてたから、まぁ、風呂は良かったんじゃないかな。で、慧思と遠藤さんが、面白半分に俺の体を洗ってくれた。

 だから痛いって、言っとろーがよっ!


 で、その際に聞いた話。

 俺の代わりに病院に消えた同年配の男子、あれが南朝の皇太子だと。さすがに驚いたな。

 組織としての『つはものとねり』に、他に同年代の男子がいるはずもなく、身替わりになれる人を捜していたら手を挙げてくれたんですと。ほー、雲の上の存在で、顔を見るなんて思っていなかったし、ましてや作戦に参加することがあるなんて思わなかった。


 お礼とか言わなくていいのかな? と遠藤さんに聞いたら、不要だってさ。目的としては、全員が同じ目的のチームだったんだし、まぁ、顔が合えば言ってもいいけど、あまりそういう機会もないだろうって。

 また、依頼主の坪内佐が、十分にお礼しているはずだってさ。


 同時進行で、今、小田さん、美岬を轢きつぶしている。人形の、だけどな。

 人形自体は坪内佐の発注で、たった一日間で作られたらしい。東洋工業? とかで、ボディは出来あい、ヘッドは即日でっち上げて化粧でごまかしたそうだけど、中はエゲツないものが詰まっていて、かなり酷いものが撮影されたらしい。CGの痕跡なしで、リアリティがあると。

 って、まだどうなるか判らない段階で、そこまで用意していたのか、あの人。


 で、敵の機材で録画したそれを、外交ルートで敵である対象国に渡すんだとさ。

 敵の工作員の指紋がついたまま。かなりの譲歩が望めそうだと。

 コピーも取って、周囲の関係ない国にも流しまくって、諜報機関内の内輪の国際世論を味方につけるとさ。こういう失敗ってのは、本当に高くつくんだねぇ。


 ま、ある意味、夢が正夢になったわけだけど、たとえ人形であったとしても美岬が傷付けられるのを見たくはないな。冷静でいられる自信がない。


 今回のことで、改めて自覚した。

 俺は、まずは、美岬の香りに魅かれた。そして、容姿に、次は生き方に。今は、その強い心を含む総てに。

 そして、その総てを守りたいという、自分の思いの強さを自覚せざるを得なかった。だから、きっと、美岬を失うという想像自体が、怖くてできないんだよ。だからこそ……、あんな夢を見てしまったのかもしれない。


 多分、俺もTXα、美岬のために必要ならば、躊躇いもなく飲むだろうな。

 この状態は、まともじゃないかもしれない。頭は冷静でいろと言う。でもさ、それでもいいんだとも思う。美岬は俺がすべてを賭ける、それだけ価値のある相手だから。

 一緒にいると、誇らしいんだよ。

 そう、慧思も、遠藤さんも、小田さんもみんな一緒にいて誇らしい人たちなんだ。でも、美岬はその仲でも更に特別なんだ。


 風呂を出たら、次は病院だ。

 美岬が、風呂の出口で待っていた。

 視線が合った瞬間、美岬は、周囲にぱっと金粉が散ったのかと思うほど、表情を輝かせた。そして、駆け寄ってきて、俺の手前でいきなりショックを受けたような表情を見せた。

 理由は……、解ってる。

 ごめんな、一瞬だけど、俺の体が恐怖で緊張したのを見抜いたんだろ?


 痛いけど、両腕を広げる。

 「ごめんとか、いらない。次は、一方的にこうにはならないし。

 美岬の方が怖かったろ? お互い、生きていて、また会えた。痛いのも、怖いのも、生きてる証拠」

 思い切り強がって言いながら、なんていうのかな、全身の細胞が美岬の方に引っ張られるような気がする。可愛い、綺麗だ、大好きだ、そんな感情が、胸の中から次から次へと湧いてくる。本当に、なんていい香りなんだ。

 一瞬、そう、ほんの一瞬、美岬の目が青く光るのが見えた。そして、そのまま無言で、俺の腕の中に飛び込んできた。


 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 俺の胸に顔をうずめて、泣き出しながら言う。

 ああ、美岬、君も怖かったんだろうけど、俺も怖かったんだよ。


 そっと、美岬の背中に手を回しながら言う。肘から下は動かないけどな。

 「このくらいのことは覚悟していたよ、最初から。きちんと理解もしている。

 でも、まあ、よかった。階段から転げ落ちても、このくらいの怪我で済んで」

 一瞬、顔を上げた美岬だけでなく、慧思まで怪訝な顔をする。けど、すぐに学校を休むのに使った口実を思い出したようだ。慧思が階段から落ちていなくて、本当によかった。言い訳が変に複雑になるところだった。


 「もしかしたら、慧思を階段から落としとけば、俺が痛い目に会わなくて済んだかも……」

 などと口にしたら、お前、にやにや笑いながら痛い腕を軽くとはいえ叩くんじゃねーよ。そーだな、好きで痛い目にあってるかもな、俺。


 美岬が泣き笑いになった。良しとしよう。

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