第24話 この状況の利用
十分くらいは、経ったんだろうか。
首が痛い。
右腕も痛い。
脇腹も痛い。
右腕はかろうじて動くけど、じん帯を痛めているようだ。力は全く入らない。
息を吸い、吐く度に脇腹が痛い。急所って奴なんだろうな。浅くしか息ができない。漫画によくある、カハッって感じ。
ようやく、床に座り込んで天井を見る。
俺の横で、慧思はまだ幸せそうに失神している。
まったくもう、差別かよ?
俺はこれほど痛い目に合わされているのに、慧思はあっさり失神だよ。
痛い。
のろのろと這い、テーブルに近づく。
テーブルに掴まり、這い上がるように立ち上がり、ソファに身を預ける。
ったく、美岬よりソファの方がよっぽど優しいぜ。
頭を背もたれに預け、天井を見上げる。
考えろ。
痛くても、考えろ。
慧思の祖父を助けるために、美岬は飛び出して行った。
これだけの事をして行った、それに意味があるはずだ。俺をこれだけの目に合わせ、慧思は失神だけということに意味があるはずだ。
今の今まで話してきたことの延長で、美岬は動くはずだ。
そして、意味がないとしても、この状況を利用しろ。
そして、この部屋のドアは開いている。したがって、今、この状況のモニターは『つはものとねり』に送られているはずだ。そこまで考えねばならない。
美岬は、何に気がついた?
……仲間割れの演出か? 裏切って相手側に付く演出か?
違う。そんな、甘い敵ではない。そんな演技をしたって、信じるはずもない。
坪内佐に見せたいのか?
だとしたら、なにを?
部屋には鍵がかかっている時は、くだらない話をしている偽装がされていたはずだ。そして、解錠された時から、そのままの姿でモニターされる。坪内佐が見るのは、部屋から出て行く美岬、失神している俺と慧思。
そして、美岬がこの家から出て行くのも見えるだろう。
坪内佐を疑っている?
もしも、坪内佐が裏切っているとしたら、俺は見抜けない?
いや、それはない。たとえ、そうだとしても、坪内佐と初対面の時に、美岬が俺に何らかの警告をしていたはずだ。
嗅覚、視覚。俺と美岬の両方を誤摩化すのは不可能なはずだ。
……判った。
どこから敵が、情報を入手しているかをだ。
この家から情報を抜くのは、不可能に近い。「つはものとねり」という組織からもだ。
「つはものとねり」は、組織としての実体が存在しない。「つはものとねり」の看板が掛かった建物があるわけでもないし、そこに就職している人もいない。盗聴器とかも仕掛ける先がない。
美岬の母親が監視されていたように、坪内佐が監視されていたとしてもだ。電話とかの通信手段ががっちり守られていて、そのくせ、恒久的な施設でないということは、いくら時間掛けてセキュリティーを破っても、盗聴とかの具体的侵入のコストとベネフィットが釣り合わないということだ。
なるほど、たいしたもんだ。
「つはものとねり」から、裏切り者が出ている可能性も高くはない。いないとは言い切れないけれど、また、いると考えるべきなんだろうけれど、こんな作戦に対して虎の子のスリーパーを使うだろうか? もっと重大な時にこそ使うんじゃないだろうか?
で、盗聴できない、情報が得られない場合、どうする?
決まっている、坪内佐の指示に従って動くバディ数組を監視し、必要に応じて戦力の分散集中をすることだ。たぶん、相手の一つのチームが、慧思の祖父の保護に出かけたバディを尾行したのだ。目的も何も判らないまま。
で、不明の人物を保護したのを確認したから、奪いに来たと。その時は、他の任務についていたチームすべてを使って、戦力の集中をしたのだ。
だから、新潟に先回りではなく、戻ってきた東京で拉致したのだ。
だって、作戦上可能ならば、一番良いのは慧思の坪内佐への保護要請を盗聴して、保護をするために行くバディより先回りをすることだ。これなら間違っても戦闘にはならない。今回は上手く拉致できたけど、反撃を食らう可能性はかなり高かったはずなんだ。
今のところ、運も相手に味方しているということかな。
となると……。夕べ、この家を襲ってきたのも頷ける。
陽動として鎌を掛け、坪内佐の対応から実働するバディを絞り込んだのだ。あの時、坪内佐は二組のバディを同行させた。深夜だったし、時間的にも慧思の祖父の保護のために呼び出したバディを、そのままここまで同行させた可能性は高い。
ここは、新潟までの中間地点だしな。
で、ここの管轄の警察署と話を付けるなりしてから、慧思の祖父の保護に向かったのだろう。とすると、新潟から東京までの戻りの移動時間も含めタイミング的にはぴったりだ。
俺たちは、坪内佐の用意したセーフハウスに逃げなかった。その美岬の判断は正しかった。
だから、敵は、この家を中心として情報を得るしか手がないんだ。
今回だって、特定したバディの仕事をそのまま横取りしている。
練った計画を実行しているわけではない。この推測が正しいとすれば、相手の出方は行き当たりばったりという感が否めないけど、超能力を口実とすることといい、相手側にもそれなりの事情がありそうだ。
となると、行き当たりばったりを保証できるだけのユニット数で、敵が活動しているというのが問題だ。こちらも向こうの動きを読みにくいし、純粋にユニット数で上回らねば活動を抑えきれないからだ。
そして、勝つには、相手よりユニット数を揃えるか、相手のユニットを一か所に集中させる罠が必要になる。
ああ、行き当たりばったりということ自体も問題になるな。その場その場で、相手の行動を読まないと、だ。長期的な目標に沿って粛々と計画を進めるというのとは違って、相手の考える着地点が判らないからだ。
そして、これはなにより相手の弱点にもなる。
そのユニットを指揮している特定の個人、仮にXとして、このXを押さえればすべては解決するからだ。残されたユニットが、残りの計画を実行していくということはありえないし。
考えてみると、敵の組織は、「つはものとねり」に比べ、各ユニットが指揮する者の意思を忠実にこなす傾向が強い。遠藤さんと小田さんのバディが、今までの敵の作戦に参加していたらどうするだろうと考えてみると判る。あの二人だったら、新潟に向かう坪内佐のバディが、慧思のじーさんの家に着いた瞬間に襲うと思う。
そして、家の情報から家主のプロフィール、作戦上の価値を解析、判断し、拉致する。そのために必要な時間は十分とかからない。これは他国のスパイであっても同じだ。データベースなどの基本的情報の蓄積はどこの組織でもやっているし、結果として名前の判明した個人の血縁を調べることなど、造作もない。
その上で、坪内佐のバディに成りすます。
この方法ならば、最後の最後まで拉致された慧思のじーさんは、自分は保護されていると勘違いを続けるだろう。でも、この方法をとるには、タイミングを読んで戦闘に入るバディの能力に信頼が置けることが絶対条件だし、その信頼に応じた裁量権を与える必要がある。総じて、その裁量権を与えてないよな、Xは。
もっとも、そうでないと戦力の分散集中が上手くいかないだろうとも思う。となると、美岬の身柄を確保したユニットが、Xにその確認もさせずに殺してしまう確率は低い。
ユニットの立場に立っても、同じ結果になる。何かあったときに責任を負わされるぐらいならば、一つ一つXに確認を取っておいた方がマシと考えるはずだ。
となると、Xの居場所、すなわちそれは、これから美岬が連れて行かれる場所だ。
美岬の位置は、坪内佐がすでに発信機からモニターを始めているはずで、そこに手抜かりがあろうはずもない。
そか、この部屋のドアを開けて行く必然がある。
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