第15話 パリへの連絡手段
「さて、対応はどうする?」
俺が投げかける。
「美岬ちゃんのかーちゃんと、安全な独立した通話チャンネルがあるんじゃないのか?
今まで見せてくれた用心深さを見ると、絶対にあると思うんだけど」
慧思が言う。確かに、ありそうな話だ。
「あるよ。あるけど……」
「何か問題がある?」
俺が聞く。
「うーん、そだね、今こそ使うべきだなんだよね」
ん、妙に勿体ぶるなぁ。
「方法はあるんだけど、あまり使うわけにいかないの。なぜなら、フランス大使館と日本政府のデジタル極秘専用回線に暗号化して便乗するんで、あまりビット量が増えるとセキュリティが働いて、専用回線自体が強制遮断されちゃうの。母が、『つはものとねり』の仕事として、各国大使館との回線に割り込むシステムを仕込んだらしいんだけど、日本政府とフランス大使館が断絶しちゃうと本末転倒だから、気をつけないと」
んー、スゲーことやってるのな、この母娘。
もう、驚くより、あきれるわ。
「ん、通常の電話のように話すのは厳しいかな?」
「母からは、音声データのみなら、二十分話して一時間休むという繰り返しならば大丈夫って聞いてる」
なるほど、一時間あたり200Mバイトくらいか。
慧思が提案する。
「まずは要点だけテキストデータにして、メールとして送ったらどうだろ?」
確かに、それなら、まず最低限の情報共有が瞬時にできる。
容量も節約できるな。
「ん、俺が打つ」
「私、なんか飲み物入れてくる。でも、この部屋の鍵を開けた瞬間から、モニターが監視を始めるから、会話には気をつけてね。特に今は、母のではなくて、坪内佐のブランチが監視しているから、気をつけないと」
「ラジャ」
二人で答える。
「それから、菊池くんのおじいさんの話は、私の母ではなく、坪内佐にお願いした方がいいんじゃないかな。パリからより、ずっと早い対応ができるもの。解錠したら、連絡しておいてくれないかな。うちの電話は安全だから」
これも了解だ。
くまさんパジャマが、スリッパで部屋を出て行くけど、パタパタという足音をさせていないことに、作戦行動中なのだという高揚感を覚える。
俺は、テキスト入力に没頭する。
慧思は、美岬の家の電話で坪内佐と話したあとは、天井を見ながら何やら考えているようだ。でも、坪内佐、普通に電話に出ていたな。一体、いつ寝ているんだろう。
美岬が戻ってきた。
温かな香り。ココアだ。疲れた脳に嬉しい。
バラの実の柄が散りばめられた、大倉陶◯のマグカップが三つ。きちんとココアの粉を練り上げて作ってくれたらしく、香りも舌触りも素晴らしい。
部屋の鍵をかける。
「こんなとこでいいかな?」
とりまとめたテキストを、二人に見せる。
「良いんじゃね?」
と、慧思。美岬も、マグカップを抱えて小さく頷く。
「じゃあ、よろしく」
美岬にMacBookを渡す。
美岬は、無線LAN機能を生き返らせ、十年も更新していないような古くさいデザインのホームページを表示させる。「ようこそ、私のホームページへ」って、俺が生まれる前の感性だよ、まったく……。
これは、美岬の母親のブランチのカモフラージュサイトだ。HTMLソースを表示させ、頭の部分の意味のない非表示数列からパスワードを再構成する。
そのページのリンクから他のページに飛び、そのページの「私の拾った小石」の写真集ダウンロードページからパスワードを入れる。
ここは、構成員の連絡、ファイル保存、一定サイズ以上のファイルのやり取り等に特化している。
でもさぁ、下らなさ過ぎて涙が出るぜ。
なんだ、「私の拾った小石」って。誰も見ないようなホームページを作っておきたいというのは解る。解るんだけど、それにしても、これはないよなぁ。つか、さ、全体的に「これはない」感を作るってのも、逆にセンスなんだろうなと、見るたびにいつも感心するよ。
まぁ、基本、世界中のどれほど旧式、かつ、どんなプラットフォームのコンピュータからでもアクセスできないといけないので、入り口が厳重なだけで、中は最初期のHTMLかというくらい単純だ。
美岬はそのページにざっと目を走らせると、隠しボタンから更に別のページを表示させた。とはいえ、まったく同じレイアウトで画面が変わったようには見えない。三秒以内に別の隠しボタンでこのページが固定される。押さなければ、自動的に元に戻るけど、ディスプレイが瞬くくらいで、見た目の変化はないので通常は気がつかない。ここからは、さらに秘匿レベルが上がり、美岬の母親と数チームのバディのみの秘密という扱いになる。
そこから、更に美岬の個人パスワードを入れ、ファイルを転送。
即座に暗号化され、美岬の母親のスマホに届く。暗号化解除はスマホ側で行う。
あー、めんどくせー。
それから230秒後、MacBookから美岬の母親の声が響いた。
時計を見る。午前2時25分、これから20分間、話せるということだな。
時差もあるから、向こうは夕方から夜に変わるあたりだ。
「完全に一本取られたわね、相手にも、あなたたちにも」
相変わらず単刀直入だな、負けを認めるのも。
デジタルの恩恵だな。
国際通話に相当する距離を、その声は越えてきているのに音質の劣化はない。
「では、やはり、身体に触れる人がいたのですか?」
慧思が聞く。
「ええ、想定していなかった。言い訳にしかならないけれど。
非侵襲による脳波の読み取りだけじゃないわ。美岬の読みのとおり、部分的ではあっても、鍼灸の針も使われていた。
脳自体のどこまで侵襲されたかは判らないけれど、体外からだけでない脳波読み取りもされてる。
あなたたちが知っているより、この分野はずっと進んでいるのよ。
国立の産総研(産業技術総合研究所)では、ブレイン・マシン・インタフェース技術を洗練させて、ニューロ・コミュニケーターというのを作っているわ。原理は、あなたたちが推測した、そのままのものよ。
もっとも、一回目から誰かの思考を読めるほど魔法の技術じゃないし、パターンマッチングにそれなりの積み重ねが必要となる。
だけど、その読み取りと分析をセンサーとコンピュータのように一度デジタル化しなくてはならない方法ではなく、アナログ処理でダイレクトに解析するとなると、どこまで微細な信号を拾い上げ、どこまで細かく解析することができるのか。また、それにより、人の脳が他人の脳をどこまで理解できるのか。
それについては全く想像もつかないけれど、私たちの視覚や双海くんの嗅覚だって、どれほどの多彩さを持っているか他の人が理解できないのと同じと考えれば、大したことはないとはとても言えない。相当のことができるはずよ。
現在、せめてものカウンターで、インストラクターの身辺調査から身柄確保までのオプションの検討を始めている。フランス政府にも、表立っての理由は言えないけれど、協力依頼を進めている」
早いなぁ、対応。
多分、こちらのテキストデータをフランスにいるバディに読ませて、それらの指示を下してから、こちらの音声信号回線を開いたのだろう。それでも四分以内だ。
「その女性の表情は、読めなかったの?」
美岬が聞く。
「常に怯えていたわ。
四ヶ月前に始めて顔を合わせたときから、笑顔も表情に貼り付けたようで、体温を伴っていなかった。
言い訳になるけれど、レイプされてPTSDになり、そこからのリハビリとしての業務なので女性にしか施術できないと言われて、なるほどと思ってしまったのよ。相当深いトラウマを抱いているのも解ったし。
また、それがあまりに可哀想で、こちらから指名すらしたわ。一貫して、本当に一度も本当に感情を動かさなかった。例えば、私から何かの情報を抜き取って、それに何らかの達成感を感じてくれたのであれば、見損なうことはなかったと思うし、疑いも抱いたと思う。
でも、本当に失敗だった」
何なんだろう、その娘は?
美岬ほどの強さも与えられず、ただただ、道具として育てられでもしたのだろうか。
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