第13話 作戦会議、のようなもの 仮説
くっ、恥ずかしいな。
あ、今、美岬ってば、俺が恥ずかしいって思ったことを見抜いたな、真面目にトホホだぜ……。
「謝るね、ごめんね。
でもね、本当に、本当に嬉しかったんだよ。他の人と違う感覚を、チートじゃないと、前向きに語ってくれたこと。
それで、私が言いたいのは、頭の所々に貼付けたセンサーから脳波計にまとめられた波形ではなく、頭皮全体に触れた手の平全部で感じる脳波って、やっぱりとても華やかなんじゃないかなって。
しかもよ、首筋とか、頭部への鍼も打っていたとしたら、頭皮からよりも、さらにダイレクトに脳を感じられるはずよ。
その華やかまでの情報量と、会話による言葉のフィードバックを半年も続けたら、一定のイメージの読み込みくらいはできるんじゃないかな」
うーん、そう言われると、可能性があるという表現以上の見込みがある気がしてきた。
「美岬ちゃんのかーちゃんの出すであろう指示も、あらかじめ判るのかな?」
慧思がさらに確認する。
「分かると思う。
その仕組みも、多分、私たちだから、どういうことか解る。
坪内佐には、却って解らないかもしれない」
どういうことだ? 慧思も俺と同じぐらいに美岬の言いたいことが解らないでいる。
「考えてみて。
真や私と同じように、感覚の鋭さを持つ相手が現れて、それと対峙するのであれば、母は既に想定していて、いくつものプランを持っていたと思う。この指示を読み切るのは可能だと思う?」
俺と慧思は、揃って首を横に振った。美岬の母親が予想し、前々から考え抜いた作戦をトレースするのは、今の俺たちには無理だ。
それは、俺たちが未熟であるという理由からだけではない。
俺たちは、「つはものとねり」の「兵衛府佐」という肩書きが、日本という国の内外にどれほどの影響力を持ち、どこまで権限を行使できるかを知らない。さらに、具体的な兵力となる実働部隊をどれほど持っているのか、その量、質についても、未だ全容を知らされていない。
さらにいえば、その活動を担保する予算規模すら知らない。
俺や美岬と同じような能力を持った人員についても、いるはずだという推測をしているのに留まる。
すなわち、自分の持っている駒も、作戦対象、作戦範囲も知らないのだ。だから、作戦の難易に対する実現性も判らない。これは、「つはものとねり」という組織が丸裸にされていなければ、他国の機関も同じように判らないはずだ。
美岬は続ける。
「じゃあさ、次に、おとぎ話かもしれない超能力、科学的にありえない超能力を相手にするというのは想定していると思う?
例えばサイコキネシスによる暗殺部隊からの護衛任務とかよ。
私はしていないと思う。
多分、坪内佐に話しているときの真の態度から、真も私と同じ考えでいるのが分かるけど、他の人より敏感な感覚を持っているからこそ、それを超えた感覚や力があることは信じられないよね。
母も同じだと思う。
まして、諜報というリアリティの世界に生きているんだから、検討するのも無駄なおとぎ話と思っていたはずだと思う」
慧思が考えを口に出す。
まとまった考えではない。話しながら論理を組み立てている口調だ。
「美岬ちゃんが何を言いたいのか……、これでいいのかな?
まず一つ、事前になんの準備もしていない問題をいきなり出されたら、美岬ちゃんのかーちゃんは自分の編み出したオリジナルの解法は使えず、まずは教科書通りの解法を使わざるをえない。
今回は、検討するのも無駄と思っていたおとぎ話を、急に諜報というまな板に乗せざるをえなかった。
で、いつもの自分のやり方が使えず、基本の解法に返った。だから、敵もその作戦が読めた。
敵からしてみれば、そこまでの成算だった。だから、十中八九の正答率だろうし、それで十分と思っていた。
だけど、美岬ちゃんのかーちゃんの持つ鋭敏な感覚は、超能力なんておとぎ話のはずという思考方向へ、強くバイアスを掛けさせた。
それが、さらに作戦立案の方向を縛った。
結果として、それが、敵の予想をさらに利した」
なるほど、結果として、答えに合わせて問題が設置された形なのか。
文字どおりすぎるほど、逆転の発想だな。
美岬が、慧思の言葉を引き取って言う。
「はい、菊池くんの言うとおりのことを考えてます」
今度は、俺が話す。
「じゃあ、そろそろ、敵にできた具体的な行動を洗い出して整理しよう。
特定のターゲットの脳波を数十回と知り、思考の早さと、いろいろな質問に対して脳のどの部分が活性化しているかをパターン化する。ここまでは、簡単にできるよね、さっきの話だと。
そこまでの準備ができたら、スピチュアルなり超能力なりの話を出す。そこで出た脳の活性化パターンを過去の話題を逆に検索して調べる。これはどうかな?
たとえ、『アレ』でも、思考のパターンの脳波をデータベース化されていたら、先読みされるよね、ということなんだけど。
具体的に頭の中の思考が全てお見通しというところまで、相手の能力を見積もらなくても、可能な範囲だと思う。
おまけだけど、マッサージする人は、体育会系の人もいるけど、『癒やし』という角度からヒーリングとかでスピチュアルなものに嵌まっている人が一定数いるよね。
だから、ジム通いの先でそういう話が数回程度なら出ても不思議じゃないし、それが武藤佐の中で今回の問題に結び付けられることもないと思う」
美岬は頷いた。
「あとは、賭けだと思う。
母の思考パターンから演繹される、必然の指示を入れる。母の過去の経験も、本人の感情の動きまで含めてトレースできているから、そこから演繹できる指示も入れる。
実際のところ、母の実際の指示より一つ二つ足らなくてもしかたがない、という想定は、菊池くんの言うとおりだったんじゃないかな?
でも、足らないのは、目立たないよね。
逆に、出ない指示が書いてある方が目立つから、出るかどうか五分五分の指示は最初から入れない。これでどうかな?
さらに、もう一つ。
坪内佐が、母は相手より常に一枚だけ上をいくと言っていたけど、それは過去の経緯もあって、相手を見切れていたからできることだよね。
今回に限っては、その推定は当てはまらないと思う。
私たちは、過去の母の行った指示を知らない。
だから、敵より一枚上をいくという具体的な実績が分からない。
だから、過去の母の実績を信頼することもない。
だから、こんなことも疑うし、疑える。
でも、母の的確な指示に慣れている人たちは、慣れているからこそ文書との一致を単純に驚いてしまうのではないかなと」
確かに……。坪内佐が、俺たちに説明する際に、妙に口籠ったり、迂遠だったりした。とてもじゃないが、あの人がいつもあのような対応をしているとは思えない。
もっと、すぱんすぱんと判断し、早口で正確に指示を出しているんじゃないだろうか。で、その能力を発揮させていないのは、超能力という非現実的可能性に対する考慮だったんじゃないだろうか。
もしも、超能力を認めるのであれば、すべての過去の作戦と、これから実施予定の作戦を見直さねばならない。
例えば、透視なんてもんが存在するならば、機密保持は不可能になるし、今まで守れていた機密は、守れていたという錯覚を与えられていたことになる。過去のすべての情報の洗い直しをしつつ、かつ、確度の高い情報を選り分け、美岬と俺たちを守る確実な方法を考えるって作業を同時進行でやっていたら、そりゃ、口籠りもするわ。
超能力ってのがブラフの与太話って考慮も、常に必要だしね。
少し、心が痛んだ。母を疑うというのが、娘だからできることなのか、娘だからこそやらねばならないと考えたのかは判らないけれど、美岬、内心、辛いはずだ。動揺を悟られないようにしているし、実際、においの点からもそれは成功していると言っていい。
でも、美岬の動揺は理解できることだし、また、気が付かないふりをするべきことなんだろうな。
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