第7話 安全圏への避難勧告
「これから美岬さんには、防衛省の施設に移動してもらう。双海君、菊池君についても同等に考えている」
坪内佐は続けた。
「君たちの安全を確保するためだ。最大限の警備のために、自由を制限させてもらうこともあるが、是非にも了解願いたい。五日間のことだ」
しかし……、即座に異議を唱えたのは美岬だった。多分、この提案を予想していたんだろうな。
「ありがたいお言葉ですが、私は、自宅に帰ります。
五日で事が済む保証はありません。六日目以降も、何かが起きる可能性はあります。それに怯えて、先々までずっと閉じこもっているわけには行きません。
母の留守を守るのが、私の仕事です。私の家は、三号配備で作られていますから、一般的な攻撃なら対応が可能です。双海くん、菊池くんについては、守ってあげてください」
「そんなわけに……」
までは、俺も慧思も、そして坪内佐も同じだった。
「いくか」「いかないでしょう」「は、いかない」は、それぞれの語尾。
俺のは怒り、慧思のは心配、坪内佐は説得。それぞれがちりばめられている。
美岬の声は、冷静だった。
「じゃあ、考えてみてください。
私の家は、飛行機の墜落にでも巻き込まれない限り、極めて安全な造りです。ガソリンを掛けても延焼しませんし、爆薬や武器を持った不特定多数の侵入も短時間では不可能です。また、屋外、屋内も常にモニター体制が整っています。飲料水、食料の備蓄も十分で、母と自分で揃えたものです。
これから行く場所がどこであれ、それらすべてを他の方が用意してくれたものに依存する方が、よほど危ないと思います。
また、私の家ならば、私有地ですから他者の排除も法的にも問題ないでしょうが、公共の場所であれば、不特定多数の人の出入りを完全に止めることは不可能でしょう……。
少なくとも、予言されたからと行動し、相手の罠に飛び込んでしまうという事態は避けたいと思います。私は、オイディプスの父、ライオスではないのですから」
ギリシャ神話かぁ。
実用書しか読まなかった美岬が、この一年の間で時間さえあれば人文系の本を読んでいたからなぁ。俺の影響だってのが、こんな場だというのに、ちょっとこそばゆく、嬉しくて、そして悲しい。
美岬は続ける。
「それに、今の段階で、この情報はリークでしたよね。確実性に欠ける情報です。
私の安全の確保を最優先としすぎると、敵機関はターゲットを変える自由を行使する可能性があります。その場合、他の『つはものとねり』人員、その家族、親戚に累が及ぶ可能性が生じます。戦線を広げすぎるのは、愚策ではないでしょうか?
双海くん、菊池くんについては、要望次第で、守って貰えた方が良いでしょう。肉親も保護されていますし、一緒にいたいでしょう」
会議室は静かになった。
女子高生の美岬が、たった一人で自分を囮にするという問題はあるにせよ、美岬の案自体には、確かに一理ある。
逃げ道を作り、そこに罠を仕掛けるのは基本中の基本だ。踏みとどまるという選択は、少なくともその罠には掛からないで済む。
思わず、疑問が口をついた。
「美岬さんの父親は、無事なんでしょうか」
坪内佐が答える。
「武藤さんの父上は、JICAに属し、現在トルコでプログラミングの指導をされている。トルコは親日国という事もあり、このことが起きてすぐに父上はトルコ政府の保護下にある。だが、お父上の保護は、こちらの方針とまるで異なる。
お父上は良い仕事をされていたようだ。
お父上を慕う人々が、人の輪、人の盾となってお父上をお守りしている。この状態でお父上に手を出す事は、周囲のトルコ人に害が及びかねず、トルコとS国の勢力との問題に発展しかねない。
また、敵国の要請に対し、そこまでの義理を果たさねばならない
したがって、お父上は当面安全だと見ている」
すげぇ。
父親さんてば、どんな人なんだよ。
坪内佐が続ける。
「話を戻そう。
美岬さん自身を囮にするプランは、私も検討しなかったわけではない。
罠に向けて敵兵力を集中させるのは、兵法の常道だ。相手は、武藤さんの身柄にこだわることで、自らの作戦行動選択を狭めているということは言えるのだ。
逆に武藤佐周辺に留まらず、誰でも手当たり次第害をもたらすという事であれば、こちらは対応しきれないのも事実だ。
さらに、武藤さんの言うとおり、武藤佐は、三号配備で自宅を造られている。したがって、われわれの別働隊が駆けつけるのに要する、最大三十分の時間を稼ぐことは容易だろう。
そういったこともすべてを検討し、督の了解を得た上で、だ。
未だ我々の正式の構成員になってもいない、十七歳の女子高生を国際紛争の囮に使うことはできない。それが私の最終判断だ。督も私の判断を支持している」
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