第11話 尋問


 武藤は、この状況に、却って希望を持っていた。

 反社会的組織の拉致とは違い、桁違いに鮮やかな手際だ。もしかしたら本命かもしれない。

 目の前には、ガッチリと鍛え上げられた、筋肉質の男が二人立っている。自堕落さの欠片もない。

 そして、中年の半白髪の男が目の前に現れた。


 財務状況を調べていた法人の代表者だ。

 そう、入手経路不明の高額骨董品を扱う男だ。

 さらに本命の確率が高まる。この男の入手経路不明の高額骨董は、全て日本の物だった。歴史博物館などに収められるような貴重なものを再発見する例も多い。

 したがって、美桜の言った組織の一員である可能性は高い。この半白髪の男を単なる骨董商以上の者と観て、それなりの期間武藤は追い回し続けていた。


 「なんで、私のことを嗅ぎ回っているのかね?」

 武藤の目を覗き込みながら、単刀直入に聞いてくる。

 が、物腰からは、反社会的組織員とは一線を画す品と教養がうかがえる。

 「あなたたちの組織の想像がつきます。あなたたちの組織にいる、目の良い女性に会わせてください」

 「目の良い女性? 何を言っているのか、私にはさっぱり分からないね」

 「あなたたちの組織にいるはずです。お願いです。会わせてください」

 男の目に、興味を惹かれたという光が宿った。

 「何を言っているか分からないけれど、話は聞こうか」

 武藤は話した。今までの全てを。

 そして、美桜に会いたいのだと。


 半白髪の男の返事は、その落ち着いた口調のままに無情だった。

 「おもしろい作り話だ。私たちの組織の構成員を引っ張り出すために命を賭けているようだが、黒幕はどこだね?」

 「『私たちの組織の構成員』という言葉が出た以上、もう、僕を生きては返さないという結論を出したんですね。

 いいですよ。僕はもう疲れた。十年間続けてきた、この生活をさらに続ける気力も体力も、もう、ない。

 殺せばいい。

 黒幕なんてない。

 僕が話したことは全て真実だ。信じられないならば殺せばいい。それがあなたたちの世界のルールだってことは、僕だってよく知っている。

 簡単なことです。

 あなたたちができることは、僕を殺すか、美桜に会わせるか、どちらかです。僕を、ただ解放するという行動はとれません。そうしたら、僕はあなたを見張ることに、残された気力と体力と命を最期まで注ぎ込みます」

 それを聞いた半白髪の男は片眉を上げた。まるでイギリス貴族のように。


 半白髪の男の口調は変わらない。

 ただ、武藤の運命の決定が下された。

 「残念だが、沈んでいただく準備をしなさい」

 「はっ」

 武藤の後ろで立っていた二人の男が、武藤を椅子ごと持ち上げて、用意されていた木枠の中に移動させた。

 「作り話にしても、出来が悪すぎる。

 君自身の状況は解っているね?

 最後に、もう一回だけ聞くよ。黒幕はどこだ?」

 「『黒幕を白状したら助ける』なんてことも言わないんですね?

 僕を殺すことはもう決まっているんだ。

 そんなあなたたちでも、僕にとっては美桜につながるかも知れない唯一の希望だ。

 そのあなたたちに殺されるならば、諦めもつく。

 黒幕なんてない。

 さあ、殺せ。

 簡単なことだ。

 そうすれば、十年ぶりに僕はうなされずに眠ることができる」

 いつの間にか溢れ出した涙が、どうにも止まらなかった。

 そして、その涙には、悔しさや恐怖だけでなく、終わりにできる、終わりにしてもらえるという安堵も多く含まれていた。


 手際よく混ぜられたコンクリートが、武藤の足元に流し込まれた。十年の間にすっかり細くなってしまった脛半ばまで、だ。


 「ごめん、美桜。

 僕は、『どこか遠くで生きている』ことすらできなかった……」

 痛恨の呻き。


 半白髪の男が、ふと武藤の目を覗き込んで聞いた。

 「その女は抱いたのかい?」

 「僕は家庭教師とはいえ、指導を任された立場だ。生徒にどれほど好かれようとも、抱くわけがない」

 「抱きもしない女を、十年追いかけたのかい?」

 「そんなことは関係ない! 僕は、僕は、美桜を泣かせ続けたくはなかっただけだ!」


 足元が温かくなってきた。コンクリートが固まりだしたのだ。

 アルバイトの土木作業員の経験から、武藤はその温度を知り尽くしている。

 武藤はパニックを通り過ぎて、虚脱状態になった。椅子の座面から固まりかけたコンクリートの表面に、失禁した尿が流れ落ちた。


 二人の男たちが、武藤の服をナイフで切り刻んで剥ぎとった。焼却するためだ。沈める寸前には歯も破壊する。

 自分たちに調査しきれなかったこの男の十年の背景を、警察なり海上保安庁が突き止められるとは思えない。

 そもそも、海の底の死体が発見されるという前提があり得ない。それでも、万が一のための対策を欠かさないことが、組織としての徹底した姿勢を示していた。



 屈強な男たちが息を呑んだ。武藤の銃創と刺し傷の痕は、彼らさえを絶句させた。

 さらには……、服に隠されていたのは、その大きさに反して、もはや戦闘はおろか、諜報の世界にも耐えることなどありえない、餓死寸前のぼろぼろの身体からだだった。

 思わず彼らは、半白髪の男を伺うように見た。


 「やはり……、違う」

 半白髪の男は、呟いた。

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