第12話 連理比翼


 武藤は目を開けた。

 相変わらず、椅子に固定するように縛り上げられており、ほとんど動くことができなかった。


 悪夢は醒めていなかった。

 なぜか、足元のコンクリートはなかったものの、そのアルカリ成分で皮膚はぼろぼろに荒れていた。自分の排泄物の異臭もひどい。

 そして、足の皮膚が見えることから、自分が全裸であることに気がつく。

 剥き出しの蛍光灯がついた天井。モルタルで囲まれた殺風景な部屋には窓もなく、無骨な両開きの鉄の扉だけがあった。

 「なぜ、終わりにしない?」

 その問いが、疑問という程の形も取らないほど虚脱したまま、時間だけが流れていった。



 − − − − −


 こつこつという足音が近づいてきた。鍵が開けられ、軋む音とともにドアが開けられる。

 武藤は、けて青黒い顔を上げた。

 鍛え上げられた男の重い足音だったら、俯いたままだったろう。

 武藤は、もはや自分の命の行末に対してすら、関心を失いつつあった。


 入ってきたのは、スーツ姿の女だった。

 若くは見えた。

 武藤を見返してきたのは、元は美しかったに違いない、死が垣間見えるほど肉の落ちた顔だった。青黒く落ちくぼんだ眼窩からは、紙のような皮膚をとおして頭蓋骨の線がそのまま浮いて見て取れる。

 典型的な、そして衰弱死が遠くないことが一目瞭然の羸痩るいそう状態である。立って歩くだけで、相当の努力をしているはずだ。

 削げたように薄い耳介には、銀のイヤリング。

 そのまま、無言で、しばらく顔を見合う。


 ようやく、女の方が口を開いた。

 「……もしかして、先生なの?」

 「その耳、美桜? もしかして、本当に美桜なのか!?」

 美桜の、骨格標本かと見まごうばかりに痩せた手が、おずおずと武藤に向かって伸びる。

 武藤は思う。

 そこまで、そうなるまで、自分自身を責め続けたのか、と。


 伸ばした指が、武藤の頬に触れた次の瞬間、美桜は小柄な全身で武藤の頭を抱いた。

 武藤の顔に、美桜の涙が降りかかる。


 「よかった。生きていた。美桜が生きていると、必死でそれだけを信じていた」

 「先生と太一が身代わりに。おかげで生きてる」

 「そうか。名犬だったんだな、あいつ。

 俺も生きている。約束だった、から、な」

 「先生、先生……」

 流れたはずの十年の月日は、すでに意味を持たなかった。


 「辛かったな。でも、もう、自分を責めなくていい。それだけが言いたくて来たんだ」

 「先生、先生……」

 「先生ってのを止めてくれたら、あの時の告白に応えられるんだけどな」

 「先生ってば、変わらない……」

 「ようやく言えたなぁ……」

 そこまで言って、武藤は再び意識を手放した。

 


 モニターで、その一部始終を見ていた半白髪の男は呟いた。

 「在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」



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第12話 連理比翼

命を賭し、想いの通じた日。


抜粋を、degirock様(https://twitter.com/jonn_rock/)に朗読いただいてます。


感謝です!

https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1346951063014842368

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