第42話 俺たちの終結
「おまえと組む。感謝しろ」
サトシの言い草だ。
危険もある、それをすべて承知した上で、サトシは判断してくれた。
毒親から、たった数日で心理的独立を果たし、その結果か、見るからに落ち着きを増してきた。そのせいか、「飄々」が「渋い」に変わりつつある。良いのか、お前、十六歳で渋くなっちまって。
祖父が僧侶らしいけど、「血」って奴かもしれないな。
今まで毒親にバイト代も取り上げられ、勉強も邪魔され続けてきたサトシは自由になった。妹と二人暮らしだ。「つはものとねり」から、給料出るし。
多分、冬休みは、俺と同じ地獄の特訓が待っている。でも、サトシなら大丈夫だ。邪魔されずに勉強できる、それだけでもう、十分だとサトシは言う。
認めたくはないけど、サトシは俺より優秀だ。そして、運も持っている。視覚や嗅覚に秀でていなくとも、既に実績も持っている。今回のことだけではない。毒親に虐げられながら、曲がらず歪まず、親友の俺にすらその片鱗も見せず。妹を守る一心が動機としても、強さとしては、もう十分すぎるほどだ。
近藤さんの、サトシに対する眼差しが暖かいよと美岬さんは言う。もう時間の問題なのかもしれない。
もう、バカを付けては呼べないな。
「
− − − − −
美岬さんと二人きり。
初めてのデート。いつぞやの喫茶店。
美岬さんがおごるという約束が果たされる。
「本当に怖かった。私だけの力じゃ、逃げられなかったし」
美岬さん、よく喋る。
「膝にハンカチを巻いてくれたときは、何かと思ったけれど、真くんが優しくて本当に嬉しかった」
美岬さん、君はそうやって普通の女の子していると、思っていたよりずっと可愛い成分が多いのな。
俺も喋る。いや、ぼやく。
「冬休みもまた、地獄の訓練だってよ。あれで、飯が不味かったら逃げ出していたぜ」
美岬さんはいたずらっぽく笑った。
「不味いわけないでしょ、私が作っていたんだから」
「ええーっ!! 君の手の匂いがしなかった。俺は判るはずなんだけど……」
「それは、だめだって。判らせちゃダメだって遠藤さんが。
真くんが、誰にも依存しないで戦えるようになったら教えていいって。でね、今回の件で、遠藤さんが教えてもいいよって」
そうか……、そうだったんだね。
美岬さんと俺、どちらかがどちらかの負担になっていたら、生きて戻れなかったかもしれない。気持ちも鬼遠藤は鍛えてくれていたんだな。そして、体力的にも技術的にも鬼どころか、まだまだ美岬さんにも敵わないけれど、それでも、少しは認めてもらえたんだな。
なんか、あの訓練が少しでも報われたことで、ちょい泣きそうなんですけど。
「って、美岬さんも、ずっとあの宿舎にいたの?」
「うん、高低差のある別の棟だったけど、いたよ。気流の関係で、私の存在がバレないところ。そこで、小田さんが教官だったよ」
そう言って、美岬さんはため息をついてみせた。
「あの人たち、俺と美岬さんの分に加えて、自分たちのトレーニングもしていたんだよね。恐ろしい。どんな体力なんだか」
「自分の分で更に二時間、加えて射撃も毎日欠かさないって。それから、仕事もしていたし、何語かは教えてもらえなかったけれど、新しく語学を勉強していたみたい。あの人たち、これでペンタリンガルよ」
「ええー、何語?」
「おそらくアラビア語。隠していたけど、ちらっと見えたあの字は特徴的すぎたよね」
そして、にんまりと笑う。
「でもね、『アレ』が言うにはあの二人は殺しても死なない人たちらしいから、大丈夫だよ、きっと」
「げっ。美岬さんってば、自分の母親が『アレ』呼ばわりされているのって知っていたんだ……」
もっとも、今の俺は、遠藤さんも小田さんも「アレ」の内だとは思うけど。
「アレ」の意味って、やっぱり「化け物」だよな。
そうだ、お礼言わないと。
「美岬さんも、そんなキツイ中で、食事を作ってくれていたんだ……。本当にありがとう。あの食事がなかったら、俺、訓練に耐えきれなかったよ」
「いいの、作りたかったんだから」
そう言って、アイスティーを一口飲む。
ん、なんか急に、緊張してるな。
でも、危機感は見えないんだけれど。
まだ何か問題があるのか?
「それより、ねえ、『君』とか『美岬さん』はもうやめてくれないかな?
『美岬』でいいから……」
あ、視覚がノーマルな俺でも、耳からすーっと赤くなっていくのが見えた。あ、俺もかよ。
辺りを見回す。
店員は忙しそうだ。他の客の視線も外れている。
人生三回目のキスは、一瞬だったけど、初めて俺からだった。
そして……
「了解、美岬」
と。
これから、何万回、何十万回その名を呼ぶか判らないけれど、これが最初の一回だ。
きっと、今って、人生最良の時だよな。
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