同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました

林海

第一章 16歳、入学式〜夏休み明け(全42回:推理編)

第1話 ボーイ・ミーツ・ガール


 関東の北。新幹線の走る、古い城下町。そして、市の名前がそのまま付いた高校。

 天気、あっけらかんと晴れ。


 入学初日。ホームルームというか、ガイダンスが終わったら入学式。

 初めて見る顔、そりゃもう全部。

 どんな運なんだか、クラス内に同じ中学出身の奴がいない。もっとも、出身中学の合格者数より、この高校のクラスの数の方が多いんだから当たり前かな。


 少し浮かれてざわざわしていながら、会話が弾んだ様子も無く、和やかというのにはちょっとぎこちない空気。芽吹く桜の葉の匂いに混じって、雑多なアドレナリンのにおいがするけど、周りの生徒の誰のものやら区別がつかない。

 校庭周りには、保護者がいるのが見える。浮足立った中で、同じ中学の出身者で集まっているものの、その群れは別の群れに無関心ではいられないという探り合いの真っ最中。


 「俺は、双海真。長所は素直なところ、欠点は内気・消極的・人見知りなところです〜」

 最初のホームルームで自己紹介するには、こんなところかなあ。

 ウケを狙いすぎても、誰も反応してくれないかもしれないし……。

 ヘタすりゃ、ずっとぼっちになりかねない。

 俺は、なんとなく窓から見える新緑の公孫樹いちょう並木を眺めたり、何も書かれていない黒板を見たり、自分の机以外のテリトリーを見つけあぐねていた。


 ふと、甘い匂いが流れてきた。


 俺は、幸か不幸か、同じクラスとなった全員の体臭を嗅ぎ分け、それぞれの緊張という心の動きまで判るくらい嗅覚が敏感だ。犬並みと自分でも思う。

 服を買いに行くと何人が試着したものか判るし、痴漢に間違えられたお兄さんを助けて、真犯人を名指ししたこともある。

 中学では同じクラスの男子女子問わず、大人になったのが判ったりして、まぁ、その、なんだ、不幸になったこともある。

 それでも男同士ってのは、楽なんだけどねぇ。

 女は怖い。

 その時は変態扱いされたけれど、ひととおりのアロマオイルやハーブ、リップクリームやらコロンやらを嗅ぎ分けてみせたら、女子たちは手のひらを返した。

 俺のことを変態呼ばわりしたことも忘れ、自分のオリジナルの香りとやらを俺に調合させるようになりやがった。

 で、それでも、恋愛の対象からは外されて今日に至っている。


 この匂い、初めてだけど健康な女性のもの。虫歯、なし。歯槽膿漏、なし。体外、体内とも出血、腫瘍なし。

 虫歯もガンも、においがあるんだぜ。

 新陳代謝はかなり速い。激しいスポーツをしているのかもしれない。シャンプーは○○○社のナチュラルなシリーズのもの。服は洗濯石けんで洗っているらしい。女子っぽい香料が極めて少ないのは評価できる。普通の男子だと物足らないかもしれないけど。


 まあ、我ながら本当に犬並みだ……。

 とにかく、率直に言って、ここまで良い香りの女子って初めてだ。


 風向きからして、俺から見て廊下側の横、二つ置いた席。

 首をまわすと、ビンゴ。

 そちらの方向にいたのは、同じ中学出身者もいるだろうに、たった一人で座っている女子。まぁ、一人しかいないのは判っていたけれど。

 なぜか、むこうも同時にこちらを見た。

 視線が合う。


 細面、黒い髪は背中の真ん中辺りまであるのを、一か所でざっくり纏めている。色白。切れ長の大きな目。唇は桜色。鼻は小さめだけど綺麗に通っている。内気そうでおとなしそうで、あまりに整っているので、可愛いと言うより美人。親しみやすいとか、しっかりしているとかより、「聖」とか「高貴」ってイメージ。

 笑顔が想像しにくいタイプかな。お嬢様よりお姫様、巫女とかの印象かもしれない。

 小柄で、身長は150センチ台半ばくらい。ほっそりしているけど、肩が落ちたり首が前に出てしまっているような姿勢の悪さはない。大きめの制服から、小さな手がのぞいている。

 一言で言って場違いなほどの綺麗さ。俺、半分口を開けちまったかもしれない。

 正直に言おう。香りもその姿も弩ストライクだ。


 ここまで見るのが一瞬で、次の瞬間、その視線を遮って真横の席に座った奴がいる。

 中学の時からつるんでいたダチで、隣のクラスになったはず。バカサトシだ。こいつとなら、どんな不可能でも可能にできるし、してきた。


 サトシがいつになく小声で言う。

 「危ねぇとこだったな。あの女はやめとけ」

 ん? と目で先を促す。

 「あの女と同じ中学出身の奴から、恐怖のサイコパス女がいるという話を聞いた。で、どんなのか見物に来た。ついでに、お前ってば、惚れっぽいから注意しとかなきゃな、と」

 「惚れっぽいは余計だ。サイコパスって……、文字どおり、中身真っ黒なのか?」

 「ああ。お前惚れっぽいから、気をつけろ」

 「うるせえ。ちょっと待ってくれ」

 クラス名簿を確認する。

 名は、武藤美岬か。サトシもちらっと、名簿を確認する。

 どこのクラスも、今は五十音順で席が決まっているから、サトシも初めて見る女子でも見当がついたのだろう。


 俺とサトシの卒業した中学校は、この高校の西側だ。彼女は反対側の東にある中学校の出身のようだ


 「で、どんな話なんだ?」

 声を潜めて聞く。

 サトシの肩越しに彼女が見える。もはやこちらを見ておらず、ぼーっと何も書かれていない黒板を眺めているようだ。危険信号の縁取り抜きで見たら、耳に掛かった髪の毛の流れ具合といい、大人びた眼差しといい完璧な横顔だった。どの角度から見ても綺麗なんだな……。


 「告白した男がいたんだと。内気であまり派手じゃなかったが、良い奴だったらしい。で、二人きりのチャンスに告白したら、次の瞬間、自分で自分の服を破って悲鳴を上げたとさ」

 「なん……だと……」

 「当然、まぁ何を言っても信じてもらえず、補導歴がついて転校して行ったそうだ」

 「なぜ、そっちの方が、真実だと判るんだよ?」

 「男の方には、幼なじみの女子がいて、『応援する』ってなもんで、二人きりになるチャンスもその女子が作ってやったらしい。男の片思いもさんざ聞かされていたんだと。で、やっと得た告白の機会にいきなり襲うバカがいるかってさ。

 で、男の方に補導歴ついちまったから、周りに対して必死に冤罪だと説得して回ったらしい。

 まぁ、噂ってのは噂する奴の経験で話すから、真実とはまた違うかもだけどさ。

 で、あの通り、いつも一人ってわけ」


 サトシ越しに見る彼女は、少し寂しそうに、悲しそうにも見えた。内心にあるかもしれない黒さなど微塵も感じさせない。

 それが逆に少し怖かった。

 これほど綺麗な少女が、襲われたと涙ながらに訴えたら、そりゃあ、逃げ道がないわ。

 つか……、真実がどちらでも、その綺麗さが説得力になっちまう。


 「さて、見物したが俺の好みじゃないし、ぼーっと見とれていた誰かに話も伝えたし、帰る」

 「ん、やっぱお前、一貫して好みが謎だな。

 ま、サンキュー」

 サトシは来た時と同じように、ふらっと帰って行った。


 あいつはどこでも変わらない。隣のクラスでも、自分のクラスと同じと思っているらしい。

 というか……、「高校に来て環境が変わったということすら自覚していないんじゃないか?」と根本を疑うくらい変わらない。

 大物なのか、バカなのか、今のところ誰にも判断できないので、俺の中では確率的にバカの可能性の方が高いということになっている。


 入学式が終わって二日目。

 彼女に話しかける女子は、既に一人もいなかった。


 三日目。

 彼女に話しかける男子もいなくなった。

 男子のネットワークの速さは、女子のそれと比べて若干遅い。しかし、男同士の連帯って奴で、チャラ男から喪男に至るまで全員がそれを知っていた。


 でも、俺は、彼女の存在が気になってしかたなかった。



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同級生を彼女にしたら、世界最古の諜報機関に勤務することになりました


表紙をいただきました。


描いてくれたのは、

久水蓮花 @ 趣味小説書き(@kumizurenka22)さま


ありがとうございます。


ぜひ、ご覧くださいませ。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1345041640432439297

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