掌編集「プラットホーム談義」
高山和義
第1話 プラットホーム談義
「白喪病」が、日本に蔓延し始めてから、どれくらい経っただろうか。
そんなことはいちいち気にしたことは無かったが、ふとした瞬間、意識に浮上した。
「
病原菌も、感染経路も、治療方法も、わかっていない。
全身から色という色が抜けていって、ある日突然、ふっと、消える。
だから、「白」くなって、「喪」われる、「病」気なんだと。
人間が、跡形もなく、消える。
人によって消えるまでの期間は違うらしいが、そんなことはどうでもいい。
一度、色が抜けはじめたら、消える瞬間を待つのみ。
そんな病だ。
感染経路も分からないわけだから、いつからこの日本に上陸したかなんて考えても仕方ないのだけれど。
白喪病が蔓延し始めてからというものの、全国各地で人が多数消え初め、あれだけ人が多くて狭っ苦しかった東京も、今となっては随分とすかすかになってしまった。
沢山の人がいて回っていた社会だ。人がいなくなれば回転が鈍る。
政府機関でも人が消え続け、国の政すらままならなくなっているようだ。
そうしてこの国は、緩やかに衰退の一途を辿っている。
*
随分と遠くまで来た。
遥か彼方まで伸びる鉄路を見て、そう思った。
自分が白喪病に感染したとわかってから、全てを棄てた。
仕事も、生活も。家庭……は無かったけれど。
最低限の荷物だけ、使い古した3wayバックに詰め込んで、家を出た。
とはいえ、行く先に心当たりも無いから、近くに落ちてた枝の倒れる先で、行先を決めた。
あの手この手を使って、何となく枝の倒れる先に向かって歩みを進めた。
そうして今、目の前に果てしなく伸びる鉄路を前にしている。
何となく、この先は暫し徒歩で歩いてみたい。そう思った。
膝程まで伸びた雑草は鉄路と枕木を覆い、錆びてざらざらしたレールは、ここを走る主がもういない事を告げている。
肩から落ちそうになっていたバックを揺すり上げて、鉄路を歩き始めた。
*
どれくらい歩いただろうか。
「ねえ、おじさん」
打ち捨てられた短いプラットホームから、声が降ってきた。
声の聞こえた方を仰ぎ見ると、駅の待合室から、一人の小柄な少女が出てきた。
そのままこちらに歩いて来て、ホームの端に足を投げ出すように座った。
シンプルな白いワンピースが、そよ風にはためく。
「なんで髪の毛真っ白なの?」
「さあ、なんでだろうね」
「マリーアントワネットみたい」
「やめてくれ、縁起でもない」
「馬鹿にしているつもりはないのよ」
彼女は少し笑って言った。
「ほら、私もよ」
彼女は被っていた麦藁帽子を取って、髪を結わえたゴムを外し、少し頭を振った。
すると、今までそこにあったとは思えない程、豊かな長髪が彼女の背中を覆った。
だけれど、それの色は漆黒でも明るい茶でも金でもなく――白だった。
豊かな白髪は、雲間から僅かに差した日の光に照らされ、きらきらと輝いた。
「ね、見事なまでに真っ白」
「本当だ。――君は、『白喪病』なのかい?」
「そう」
彼女は悲しむでもなく自棄になるでもなく、淡泊にそう答えた。
「おじさん『も』、でしょ」
「うーん、どうだろうか」
「うそばっかり。真っ白のくせに」
「これはね、ストレスでなったんだ。マリーアントワネットみたいに」
「やめてよ、縁起でもない」
「そんで仕事を辞めて、自分探しの途中なのさ」
「今時流行らないよ、自分探しなんて」
「面白い人。ねえ、少しお話しない?」
甘い言葉で誘惑するナンパの様な台詞が、この少女から出てくるとは。
とはいえ、久しぶりに人と話すのも悪くはない。
コンクリートのホームに手をついて、よいしょと勢いをつけてよじ登る。
「そういう君は、どうしてこんなところにいるんだい?」
「家出、みたいなもの」
「家出、か」
「だってどうせ消えちゃうし。おじさんもでしょ?」
「さぁてどうだか」
「ずるい、人の事ばっか聞いておいて、はぐらかすの」
「目的地も無く、ただ自分の中にある何かを求めて歩く……格好いいだろ?」
「――いつか消えるのに?」
そう、いつかは消えるのだ。
いつかは消える、そんな恐怖を抱きながら、既に死んだように日々を過ごしている。
自分も、彼女も。
「人間いつかは死ぬもんさ。だが白喪病のせいで、それすらよく分からなくなっちまったがな」
「ふーん。難しいのよくわかんない」
「まあ、そんなことを考えながら気ままに旅してるのさ……」
嬢ちゃんも達者でな、とらしくもない台詞を残し、線路に降りた。
彼女は、そんな自分を止めることは無かった。
消えたのかもしれないな、と思った。
*
今日の空は太陽をひた隠し、何処までも白く厚い雲が空を覆っている。
自分の
あの少女は、どうしているだろうか。
やっぱり消えてしまったのだろうか。
それとも、まだあの駅で見知らぬ旅人に声をかけているのだろうか。
振り返る事はしなかった。
振り返って、その駅に誰もいなかったら。
彼女が消えてしまっていたら。
自分の行く末を認めてしまう事と同義になる気がしたから。
ぱたり。
ふと空を見上げると、厚い雲で覆われた空から、雫がぽたり、ぱたりと落ちてくるのが見えた。
視界には濃淡の無い白い世界が広がっていた。
何処までも果てしなく広がる白い世界は、優しく僕を包み込んでいった。
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