上等の土をもる

@tomopistole

第1話 樹になる

僕は樹になりたい。何百年も生き続ける樹になりたい。そこにただ黙ってそびえ立ち、全てを見てる樹になりたい。人々の思いを吸い込み浄化させる樹になりたい。僕の太い枝に座って夕日を見れば明日に希望が見出せる、そんな枝を持つ樹になりたい。暑い夏には、僕の木陰で気持ちよく昼寝のできる樹になりたい。花見の季節に皆んながワイワイ集まって楽しい時間を過ごせるそんな空間を作れる樹になりたい。小さな生き物の家になりたい。いろんな命が生まれて、そして消えていく、その側で一緒に息づいていたい。


頭の上に樹を育てる。まず、小学生の頃学芸会などでよくかぶされた冠みたいに頭の周りを囲む物を作ってそれをかぶる。その中に上等の土を入れて、種をまく。水をやる時がちょっと難関。水が顔全体に滴り落ちてくる。何だかもうそれだけで、僕は樹になった気分になってきた。動く樹だ! 昼間はしっかり外に出てお日様の光を吸い込む。夜が大変だ。横になって寝られない。座って寝ることにした。壁に寄りかかって寝る。最初は寝心地が悪かったけど、人間慣れれば何でも大丈夫。いや、樹だ。僕は樹だから直立不動。こんな毎日が続いて、ちょっと頭の皮脂が痒くなってきてその後、頭の周りに根がからんでくる。ちょうどその頃、POP! 芽が出た。とうとう芽が出て、双葉がついた。そして茎が伸びていく。小学校の頃に理科の授業でやったみたいに、どんどん大きなっていく。一つ違うのは、観察と測量がこの目でできない。なんてたって、僕の頭の上で育ててるから観察は、鏡に映しての仕事だ。どんどん大きくなっていく。どんどん幹が太くなって葉っぱが一杯付いてきて、それと同時に根っこがどんどん僕の顔を覆いだした。ちょっと、前が見にくくなって、耳も根っこに絡みつかれて良く聞こえなくなってきた。そんな事は大した事じゃない、だって僕は樹になるんだから。どこからか運ばれてきた種が僕の土の上にやってきて花を咲かせた。なんて素敵なんだ、蝶がやってきてその花の周りを飛んでいる。ポカポカとする日差しを浴びながら、甘い花の匂いを嗅ぎながら時間が過ぎていく。


外で過ごす事にした。もっと沢山の太陽の日差しと澄んだ空気が必要。庭の隅に腰を降ろしていると本当に自然と一体化してくるのが感じられる。もう、ほとんど視界がなくなってきた、僕の顔はほぼ根っこに覆われて何も見えないし耳も聞こえなくなってきた。僕はもうお腹さえも空かなくなってしまった。何故ならば、太陽の光と水と空気でお腹が一杯だ。僕はただ、この庭の片隅に座っているだけ。耳から音が入ってこない代わりに、僕は心で周りの音を聞けるようになってきた。目の代わりに、心で物が見えるようになってきた。不思議だ。心地よく、音や風景や人の心の動きが見えてくる。まるで、僕に話かけてくるように。


だんだんと日差しが強くなって暑くなってくるのを感じる。夏だ。夏が来た。暑い太陽の香りと緑の香りとが混ざり合い、僕にエネルギーをくれる。どんどん、どんどん地球と一体化して僕の腕は枝の一部になり、両足は大地の中へ、僕の胴はどんどん太くなって伸びていく。蝉が来て話しかける。切なく短い命の事。それでもその短い命の中で次の命にバトンタッチをする尊さ。夜には蛍が飛んで辺りを明るく照らしてくれる。神様のいたずらか、大人になった蛍は何も食べられなくなり、それが尽きれば死んでいくと言う悲しさ。光を放ちながら死にゆく悲しさに、何を託しているのだろう。何故か蛍は語りかけてこない。ただただ、美しい光を放ち僕の周りを飛んでいく。


緑に茂った僕の葉っぱは色を変え黄色と赤に色づき始め、夕日の色と交わる季節。僕は随分と背が高くなって、ずっと遠くの街並みまで見えるようになったと同時にずーと遠くからの声まで聞こえるようにもなった。ある街で、少女が泣いている。初めての恋を無くして泣いている。僕は語りかける、僕の所においで。この樹にそっと寄りかかり静かに泣けばいい。僕が君の話を聞いてあげよう。切なくも甘い恋の話を。僕の黄色や赤に色づいた葉っぱが落ちるたび、その悲しい思いも一緒に落として、新しい恋を探しに行けばいい。僕は、ただここに居てみんなの話を聞くだけ。みんなの心を感じるだけ。夏の間なんだか開放的な夏の風に誘われて浮き足立ってた人々が、落ち着きを取り戻し人生を考え始める。僕に寄りかかり本を読んでいる男の子、本を閉じ、ため息を一つして遠くを見つめる。もう、この1週間毎日ここに来てはため息をついて遠くを見つめる。本に答えは見つからない。君が探してる答えはどこにも書かれていないのさ。最後まで生きてみなけりゃわからないんだ。だから、ため息をもう一つ付いて腰をあげて、また明日生きてみるんだ。辛くなったらここに来てため息一つ落として、ため息一つ落とした分ちょっとだけ軽くなって、又明日を生きてみればいい。


空気が少しづつ透きとおり、風が冷たくなり人々の心が寂しい思いになって来る頃に真っ白い雪が舞い落ち始める。白い雪は全ての事を覆い隠し、ただただ真っ白に世界を変えて、何もかも許せる気持ちにしてくれる。静かに耐え忍ぶ事に心地よさを教えてくれる。僕は心をじっと落ち着かせ僕の体に舞い落ちてくる雪に包まれて目を閉じている。聞こえてくるあの人の思いが。何年も、何年も待ち続けているあの人の思いが。『雪が降る頃には君を迎えに来るよ。』と言って夢を追いかけて出て行った恋人を待ち続けているあの人の心が見えて来る。雪であたり一面が白くなるとあの人の心は、暖かく膨れ上がり、サクサクという雪の上を歩く足音を聞くたびに窓際にかけ寄る。もう何年もこうして待ち続けている。ずーとこの雪が振り続ける事を願って毎日毎日待ち続ける。もう、彼は戻って来ないと知っていても雪が降り続く間は彼を待っている幸せに包まれる。けれど、この雪が溶け始める頃あの人もきっと消えてしまう。そう心に決めて最後の雪を眺めている。僕は何も出来ずにあの人の心に寄り添う。ただただ、この冬がいつもの冬より長くなるように願いなから。

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