きつねの嫁入り
宮元多聞
きつねの嫁入り
お天気雨は、きつねの嫁入り
僕の町では、お天気雨の日に、左手で輪っかを作り、その輪っかを左目でのぞくと狐の嫁入りの行列が見られるという言い伝えがあった。
が、それは「決して見てはならないもの」のひとつとして
厳しく教え込まれていたせいか、
やってみた人はいなかったように思う。
小雨というよりは霧雨。
あの日の午後、僕の肩を濡らしていたのは、そんな雨だった。
いつもとは違う、駅までの近道を探そう。
軽い気持ちで歩いていたら、なぜだろう。迷ってしまった。
住み慣れた町なのに。
「あれ、ここはさっき通ったな」
似たような板塀が続く路地裏は迷路のようで、不安になりかけた時
見たことのない荒れた空き地にぶつかった。
腰の高さまでありそうな草むら
「やれやれ」
引き返そうとしたとき、どこからか声が聞こえたような気がして振り向いた。
端っこ、崩れかけた鳥居と、その陰に隠れるように真っ白な祠が建っていた。
「…お天気雨…。まさかな」
魔がさした。
左手で輪っかをつくると、のぞき込んでしまった。
小さく丸く切り取られた場所に、狐の行列が見えた。
うそだろ?まぼろしか?
提灯を準備する狐たちの手から、わずかに苛立ちのようなものがとって見られて
思わず息を飲む。
「時間だ」
容赦のない響きに、祠の扉がそっと開く。
ひざまづく狐たち。
出てきたのは、侍女を数人従えた花嫁姿の美しい狐だった。
「行こう」
シャリーン
ひと振りの鈴を合図に、一斉に火が灯る提灯
シャリーン
ゆっくりと歩き出す行列
これは、夢か?
シャリーン。ぽろぽろ。シャリーン。ぽろぽろ。
鈴がひとつ振られる度に、花嫁の瞳から涙がこぼれ落ちる。
シャリーン。ぽろぽろ。シャリーン。ぽろぽろ。
どうしたの?泣かないで
シャリーン。ぽろぽろ。
行かなくていい。泣かないで
狐たちの行列が、僕の足元を通り過ぎようとした瞬間
とっさに花嫁の腕をつかんでしまった。
行くな!
「おい、何をする」
「人間だぞ!!」
どこをどう走ったのかわからない。
狐たちの足音が消えるまで、花嫁を抱いたまま走り続けてしまった。
どのくらい走っただろうか。
「ありがとう」
花嫁の言葉でようやく我に返り立ち止まった時にはもう、夜になっていた。
雨…、やんでたんだな。
僕の体をぐっしょりと濡らしていたのは、私の汗だ。
さらさらと川の流れる音
橋の下か。
月明かりで見る狐の横顔は、格別の美しさだった。
僕は、何をしてしまったんだ?
落ち着け。とりあえず顔を洗おう。
両手に川の水をすくう。
「え」
のぞきこんだ川面に映っていたのは、2匹の狐。
…もう後戻りはできないんだ。
きつねの嫁入り 宮元多聞 @tabun_m
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