第14話 朝ごはん

元旦 朝五時


直人はいつも朝に聞くことの無い音で目を覚ました。眠い目をこすっているといい匂いがしてきた。


味噌汁、それとご飯の炊けた匂いだ。


直人はそれに気付くとキッチンを見た。そこには昨日とは全く違う亜沙美の姿があった。


「あれ?亜沙美?」

「あっ、おはようナオ。ってごめん、起こしちゃったね」

「おはよう、いやそれはいいんだけど。どうしたの?いい匂い」

「朝ごはん作ってるの。それとごめん冷蔵庫の中に入ってた食べ物いくつか使っちゃった。あれだったら後で買ってくるから」

「い、いやそれは別に大丈夫だよ。それよりも本当にどうしたの?」

「さっきからどうしたの?ってなに?」

亜沙美は少しだけ睨んだ。


「だって昨日とは全然違うから…」

「私、朝はご飯と味噌汁を必ず食べるって事にしてるの。だからこれだけはちゃんと作れるんだよ」

「そうだったの?がん…朝ごはん食べるのなんて何年ぶりかな?」

元旦には餅じゃ?と言いかけたがやめた。


「がんって、なに?」

「ん?がんなんて言った?」

「言ったよぉ」

「多分寝起きで噛んだだけだよ」

「そっか、てっきり元旦は餅じゃないの?って言おうとしたのかと思った」

直人は胸のあたりが落ちるような感覚を味わった。


「そ、そんなこと言うわけないじゃん」

「ふーん」

「楽しみだなぁ、亜沙美が作った味噌汁」

「えっ?作ってるの一人分だけど?」

「うそでしょ!?」

「うそだよ。そんなことするわけないじゃない。まぁ餅の事を言ってたら食べさせなかったけど」

「ははっ…」

直人は上手くない笑顔を見せた。


直人は就職してからは早番遅番と決まったシフトで働いていなかった為、朝ごはんを食べずに出社する生活になった。それは定時出社の今でも変わらなく、もう何年も朝ごはんを食べていなかった。


今、目の前で好きな人が朝ごはんを作っている。その光景が直人にはとても輝いて見えていた。

そして嬉しい気持ちが溢れてきて、それが表情に出ていた。


「ちょっと、何をそんなにニヤニヤ見てるの」

「いやぁ、なんか嬉しくて」

「嬉しい?」

「好きな人に朝ごはん作ってもらってるって事が、しかも元旦から。こういうのが幸せっていうのかなぁって」

「まだ幸せを感じるのは早いよ、食べてからにしなさい」

「はーい、何か手伝うことある?」

「大丈夫だよ、そろそろ出来るから。座って待ってて」

「うん」


直人はテーブルに座った。座ってすぐにお椀を落とす音が聞こえたが気にしない事にした。


それから数分後に亜沙美がご飯と味噌汁と箸をテーブルに持ってきた。

「はい、どうぞ」

「いただきます」

「召し上がれ」

直人は味噌汁から飲み始めた。


「………」

「どう?」

「………」

「えっ?ちょ…うそ」

「………美味しい!」

「……ナオ?わざとすぐに言わなかったな?」

「ごめんごめん、亜沙美のわくわく顔と困り顔が可愛くて、つい」

「嬉しいけど、とりあえずあとでビンタね」

「本当にごめんなさい」


朝ごはんを食べ終わった二人は片付けをしてからソファーに座った。

「ごめん、昨日私が寝ちゃったから初詣行けなかったね。毛布かけてくれてありがと」

「大丈夫だよ、明日行こう?今日はいつぐらいに行くの?」

「7時ぐらいに行こうかなって、一回家帰って着替えたいし」

「うん、わかった」


テーブルに置いていた直人のスマホが鳴った。立ち上がりスマホを取りに行く。

「誰からだ?こんな朝早く…。母さんか、ちょっとごめんね」

「うん」

「もしもし、うん、帰るよ?昼頃かな。えっ?智美が?なんで?……あぁ、そういうことね。わかった。じゃあそれは帰って話をしてからにするよ、うん、それじゃ」

電話を切った後ですぐに亜沙美が話してきた。


「…ナオ?」

亜沙美が何だか悲しげな表情になっている。

「えっ?どうしたの?」

「こんなこと聞いていいのかわからないんだけど…嫌な女だって思わないでね?」

「う、うん、何?」


「あ、あの、…智美って誰?」

とても不安そうな顔の亜沙美がそこにいた。


「…あぁ、幼馴染だよ。家が隣でね、親同士も仲良くて小さい頃からよく遊んでたんだ」

「その人がどうかしたの?」

「結婚して高知に住んでたんだけど離婚して東京帰って来て一人暮らししてるんだって、それで今日隣の実家に帰ってくるから、ご飯は一緒に食べようって。あと僕についてきてほしいところがあるとか」

「そう、なんだ」


直人はソファーに座り亜沙美の手を握った。

「心配かけちゃってごめんね、でもそういうのは絶対に無いし、僕が好きな人は亜沙美なんだから」

「…うん!ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「ううん、いいよ。まぁ離婚してこっちに住んでたことすら知らなかったぐらいだから、そのぐらいの関係なんだよ、もう」

「うん」


午前七時

「じゃあ、そろそろ私は行くね」

「あぁ駅まで送っていくよ」

「いいの?」

「当たり前、行こう?」


二人は最寄り駅まで歩いていった。


改札の前

「それじゃ、また明日」

「うん、明日うちの方に来たら駅まで迎えに行くから。前来たときはうちには行かなかったからね」

「そうだね、じゃあまたあとで連絡するから。明日は何時ぐらいに行った方がいい?」

「うーん、昼頃でいいよ」

「うん、わかった」

「じゃあね」

改札を通った亜沙美は直人に手を振った。直人も手を振り返し、亜沙美はホームへ向かった。


「さて、帰るか。それにしても味噌汁美味しかったなぁ」

直人はヘラヘラしながら家に帰った。

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