第12話 見定めるつもりだな?

直人自宅付近


駅から少し歩いたところの集合住宅が並ぶエリアに直人の自宅がある。

駅周辺にはミニスーパーやコンビニ、本屋、飲食店などがあり、住みやすい街で直人も気に入っていた。


「この辺に住んでるの?」

「うん、そうだよ。あのアパートの三階に住んでる」

直人が指差す方向に三階建てのアパートがあった。


「ほうほう」

亜沙美は周辺を見回し、今歩いてきた方を確認した。

「ん?何してるの?」

「道を覚えてる」

「道を?」

「うん、押し掛けるために」

「押し掛けるために!?」


「ほらあるじゃん、突然来ちゃった。とか直人がいないときに罠仕掛けたりとか」

「罠はあるあるじゃない!そもそも僕がいなかったら入れないじゃん」

「えっ?今日合カギくれるんでしょ?」

「それそっちから言う!?」



アパート内に入ると亜沙美がわくわくしていた、直人がどんな部屋に住んでいるのか、どういう生活をしているのか知りたくて仕方がなかった。


「この部屋だよ」

直人が玄関を開け、亜沙美を先に部屋に入れた。

後ろから手を伸ばし電気を点けると亜沙美はそのまま部屋の中に入っていってしまった。

「あ!ちょっ!」


直人が追いかけるように部屋に入ると亜沙美は少し不満そうにしていた。

「え?どうしたの?」

「モデルルームみたい…」

1LDKの部屋のリビングは綺麗に片付いており、テーブル、ソファー、テレビ等の家具家電もきっちりと設置されていた。


「えっ?何で汚くないの?」

「何で汚いの前提なの?」

「もー、って言いながら片付けたかった……」

「とりあえず荷物置いて座りなよ」

直人は聞かなかったことにした。


買ってきたお土産等を棚の横に置き、コートを脱いでいると亜沙美が動き出した。


寝室、風呂、トイレと見て回り、トボトボと戻ってきた。

「どこも綺麗……」


ここで直人が気付いた。

「もしかして亜沙美の家って散らか…」

「綺麗だよ!綺麗!いつも綺麗にしてるから!うん!」


直人が言い切る前に焦った様子で話してきた。直人はそれで全てを察した。

「とりあえず座りなよ」

「うん……」

荷物とコートをドサッと床に置き亜沙美はソファーに座った。

直人はそれを見なかったことにした。


「コーヒーかお茶どっちがいい?」

「コーヒー」

電気ケトルのスイッチを入れカップを二つ用意し、インスタントコーヒーの粉を入れてお湯が出来るまで乾いた食器を棚にしまう。亜沙美は直人の一連の動作を見て焦ってきてしまった。


「ナオ、家事全般何でも出来るの?」

「ん?うん、大抵は出来るよ」

「苦手な物は?」

「うーん、裁縫はあまりやる機会無いから出来ないかな」

「あっ、私もー」

違う!出来ない共通点で喜んでどうする。

亜沙美は心の中で叫んだ。


「あ、あのー、直人さん?」

「亜沙美……。俺が家事の事で何か言う男に見える?」

「いいの?私、何にも出来ないけど、マジで」

「謙遜しなくても別に高いレベルを望むとかはないよ?」

「私、何にも出来ないけど、マジで」

亜沙美は真っ直ぐな目で直人を見つめている。


「あっ、本当に何にも出来ないの?」

「はい…」

「片付けたかったって言うのは?」

「そこそこなら出来るかと…でもここまでは」

「ならそれで大丈夫だって、別に家事は全部亜沙美がやるってわけじゃないんだから。お互いに出来るところをやればいいんだし」


亜沙美は少し考えたあと

「じゃあ全部ナオが……」

「前言撤回、ちゃんと分けよう」



二人はコーヒーを飲みながらテレビを観ていた。

大晦日という事もありどこのチャンネルもバラエティーの特番ばかりだった。


ふと亜沙美が話さなくなった事に気が付いた直人が隣を見ると亜沙美はウトウトとしていて体が揺れていた。

揺れては起きて揺れては起きてを繰り返していたので

「亜沙美、眠いなら僕に寄っ掛かっていいよ」

「ん?いいの?」

直人はテレビの音量を下げ右肘を曲げた、亜沙美はそれにしがみつきそのまま頭を肩に乗せて眠ってしまった。


頭をポンポンと二回叩いたあと小さな声で

「愛してるよ」

と呟いた。

寝ているはずの亜沙美はニヤニヤが止まらなくなりさらに強くしがみついた。



亜沙美が目を覚ました。外はすっかり暗くなりテレビの横にあった時計を見ると六時半を過ぎていた。


「起きた?」

「ん、また寝ちゃった。ごめん」

「いいよ、ご飯どうする?」

「どこか食べに行く?」

「それかうちで食べて初詣までゆっくりしちゃうか」


亜沙美は急に目付きが変わった。

「私作る!!」

「えっ?ご飯を?」

「うん!だめ?」

「いや嬉しいけど」

「じゃあ決まりね!」

「今ほとんど何もないから買いに行かないと」

「じゃあ行こう!すぐに行こう!」

亜沙美はすぐにコートを来てカバンを持った。


「ほら、行くよ!」

「早いって、ちょっと待って」

直人も準備をした。



二人は近くのミニスーパーに来た。

「こうやって年末年始も開いてる店って本当にありがたいよね」

「そうだね、まぁうちの会社もやってるんだけどね」

「まぁね。私が小さい頃は年末年始はどこもしまっててね、両親が店が休みになる前に一週間分ぐらいの買い物をして二人で重そうに持って帰ってたなぁ」

「僕が小学生の頃もそうだったかな、バイト始めてからはもう年末年始やってたな。当時は元旦に出勤したら一万円貰えて二日は七千円、三日は五千円って手当が貰えて三ヶ日は全部出勤してたっけ。今はもう無いけど」

「いつから無くなったの?」

「僕が大学3年の年から無くなったね、年末年始も営業してるのがどの会社も当たり前になってるからって理由とは店長から聞いたけど」

「あー、そういえば私も聞いたな。調べたらとっくに他社は手当出してなかったから、うちも出さなくしたって。そのまま続けてれば人員確保の売りに出来てたのにね」

「うん、今じゃ他社と従業員の奪い合いだからね」

「……ちょっと待って、仕事の話はやめよっか?」

「あっ、そうだね、買い物しないと」

二人はいつの間にか始まっていた仕事の話をやめて買い物を続けた。


「ナオは何食べたい?」

「亜沙美の得意料理が食べたい」

「……見定めるつもりだな?」

「え?」

「よろしい、私の得意料理しか受け付けない胃袋にしてあげよう」

「ごめん、ちょっとそれは困る」


亜沙美は料理が出来なかった。正確に言えば出来なくはないが作る機会が少なく、作ったとしても食材と混ぜて炒めれば出来るという中華料理が多かった。

「な、何を作ろう…」

明らかに困惑している。


「亜沙美、今日は僕が好きなものを一緒に作らない?」

「え?ナオが好きなもの?」

「うん。それで近い将来、亜沙美が作ってくれたら嬉しいな」

「…何が好きなの?」

「豚のしょうが焼きと筑前煮」

「筑前煮、渋いな」

亜沙美はそれが直人の優しさだとすぐに気付いた、申し訳ないような気持ちと共に直人の事がより好きになった。更に近い将来という言葉にまたもニヤニヤが止まらなくなった。


「ナ、ナオがそこまで言うなら仕方ないなぁ、じゃ、じゃあ今日はそうしようかな」

「あっ、やっぱ亜沙美の得意料理が食べたいな」

「え?」

「痛い!」

直人は腕をつねられた。


「さっ、まずは豚肉だねぇ」

スタスタ歩いていく亜沙美に直人は素直についていった。

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