切る風もない世界に駆ける
@spitz07
第1話
2020年夏、がそもそも存在しなかったという、要はそういう話だ。
どこからともなく聞こえたそんな声に、僕はふと我に帰った。と言っても帰る「我」も存在しなければ、この哀れさに気づく人もいないのだけれど。
なぜなら僕は、死んだのだから。
少なくとも生前、わずか18年とはいえ世界で生きてきた身から言わせてもらうと、幸せは積み上げるのにかなりの時間を要する一方、壊れるのは一瞬だ。その一瞬というのも、まばたきどころのレベルではない。過去と現在の間に宿るその捉えられない刹那、とでも言おうか。最も不幸な出来事を「死」とするなら、壊れる刹那とはまさにそういう感覚だ。
僕は今、物体とも魂ともつかない、全く形ない存在であるが唯一残された意思があって、どこからともなく飛んでくる声を聞きながら、無限に白が続くこの空間に浮いている感覚でいる。
2020年夏、などここにはない。そもそも季節は愚か時間という概念も、もう何もかもここには存在しない。ただ意志の続く限り、いや続ける限り君はここに止まり続けるしかないんだ。
声はそう言ったあと、またしばらく黙り込んだ。
悲しい宣告、とでも言おうか。いや悲しいという感覚さえ「天国」みたいな場所では不似合いかもしれない。「感情」と言う概念そのものがひどく世俗的なものだったなと今では思う。
しかしなぜだろう。声の存在に自覚し始めてから次第に、生きていた頃の記憶がなんとなく蘇ってくる。「記憶」というよりも「感覚」と言う方が正しいかもしれない。辛くなるだけだから思い出したくないのに、蘇るものは皆すごく温かくて、懐かしい。
風を切り、地を蹴り、誰よりも速く駆け抜けていく。
僕が生きた世界には確かそういう「感覚」があったのを覚えている。
僕は死んだ瞬間、自分が死んだということに気がつかなかった。つまり突然、僕のストーリーは終了したのだ。貼られた伏線の回収も不十分なまま、プロットは消されてしまった。
しかし僕の不完全な人生、不完全なストーリーにも、確か登場人物がいて、起こるべきだった出来事が当然あった。
具体的なことは何一つとして思い出せないけれど、確かに僕は日々空間を駆け抜けていた。そしてそこには「仲間」がいた。これも感覚でしかないけれど、彼らと一つの方向を目指したことを覚えている。
彼らと目指した一つの方向、確かそれは「勝つ」ことであった。
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