第19話 騒動
「……どこか調子が悪いんですか?」
ある朝の事、もうすっかり慣れた薬草採取の付き添いに行くための準備をしていると、エルメアがふらふらと近くを通りがかった。
「―――っ! ……ね、寝不足なだけ」
確かにそれだけならいつも通りなのだ、……ここに起こっていることを考えたら悪夢も見るだろう。彼女はあまり眠れていないようだった。
「顔色も悪いですよ」
だから、それだけなら気遣うことはあれどそんな声かけはしないのだ。調子を伺ったのは、いつにも増して悪いその顔色から何かが起こるのだと予想した結果だった。
「薬草採取に行くのをやめておきましょうか?」
「ち、違うの!採取には行かないといけないの!でも……」
……予想が外れた。彼女の顔色が悪いときは大抵、誰かが魔物に襲われて大怪我をするとか、そんな夢を視た時の事なのだが……。
「……分かりました。今日は今後に必要になる『何か』が起こる。ということだけ覚えておきます。そしてそれが危険なことだ、ということも」
「…………ごめんなさい」
みんなにできるだけ怪我が無いように警戒しておきます。と伝えても彼女の表情は晴れなかった。
―*―*―*―
「―――そしてこれは根を傷つけないように採取、こっちは新芽が重要なのでそこに気を使う。あとはまだ育ち切っていないような小さいものと、種ができそうな元気に育っている株を残すようにして……」
「多いです! 覚えきれません!」
「じゃあそれぞれ薬などにして利用する部位に気を使ってください。そして来週以降も採取できるように考えてください」
そのことを忘れたわけではないのだが、今は周囲の警戒をヴァルナに任せ、薬草類の採取の注意点を教えていた。というのも、基本的なことが分かっていない子が多かったからだ。……まあ、冒険者になろうと思っている奴でも無ければ習おうと思うものでもないから当然か。
当初は俺が金を寄付して子供たちが無理に働かなくてもいい状況を作りたかったのだが、クルトやミリアをはじめとした年長組に反対された。なんでも完全に頼り切るようなことはしたくないらしい。
そもそもこんなことになる前はいずれ自立するときのために見習いとして働きに行ったりしていたそうだ。直接給料が出るわけではないが、例えばパン屋だったら練習で焼いたパンを持ち帰るなどしていたらしい。
……まあ、だからと言ってこうやって新人冒険者のように薬草採取するというのは危険がある以上できるだけ控えてほしいのだが……、
仕事が直接お金になるということにやりがいを感じているようだし、無理に止めることもない、というのは院長と話し合って決まったことだった。
比較的採取が容易な数種類の薬草と、注意が必要な毒草、その二つに絞って説明をしながらそれぞれにアドバイスをする。見回りも兼ねていて、警戒体制は万全だった。
万全な、はずだった
ズバッ、と肉が斬られる音、背後からのその一撃は俺の背中を、身につけていた皮鎧ごと容易に切り裂いた。
「ぐう、あ、」
何が起こった?誰が?得物は?周りの子供たちは無事なのか?
背中からどくどくと血が流れている。痛みに明滅する意識の中で俺を襲ってきた相手を見極めようと後ろを振り返る。
「オ、オーク!? 何でこんなところに!?」
誰かが叫んだ。たぶんクルトだ。
「クルトっ!! ……ッはぁ、早くみんなを安全な所へ!!!
ヴァルナッ!! 子供たちを守れ!!!」
あまりの出来事に誰も動けていないのを見て叫んだ。とにかく安全を確保しないと。このままでは二次被害が出る。
「…………」
「…………」
目の前の相手と睨み合いが続く、とっくに剣を抜き、最悪の場合は刺し違えてでも止める覚悟だった。
……もう大丈夫だろう、余計なものまで巻き込む心配はない、そう判断して口を開く。
【命令】の力を使わないためには感情を出さずに丁寧に話せば良い。
なら、その逆は?
簡単だ、感情的に喋ればいい。
「……さっさと、”立ち去れ”!!」
体がふらつき、膝をつく。目の前がチラついてきた。
「…………」
ああクソ、幻覚まで見えてきた。奴の持っていた剣が光の粒子になってこちらに飛んでくる。そんなこと、ある筈がないのに。
……しまった、聞いておくべきだった。
なんで、豚の獣人が、こんな場所にいたんだ?
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