嘘つき朔子さんの代償が払えない〜新たな扉を開いた僕は青春出来そうにない〜

アキタ

第1話 学☆園☆崩☆壊

「聞いてよ、朔子さん」


 とある喫茶店、ルシエル。この喫茶店で僕は朔子と呼ばれている。ただ、本名は五十六。名前の由来は、お察しいただきたい。


 しかし、これで何度目だろうか。

 いつもの様に僕は常連である少女の話を聞いていた。


「やっぱり、学校の臭い男共を駆逐したいのよね」

「やっぱりも何も、生徒にそんな権限ないでしょう?」

「またそんなこと言って......。こんな事話せるのも朔子さんだけなのよぉ」


 突拍子もなく男の迫害を望む少女の名は東條澪。僕はそんな事出来るわけ無いだろうと、そう思いながらも毎回、面白半分に話を聞いていた。


「アイツらと同じ空気吸ってるだけで気持ち悪くて仕方ないのよね......。おじいちゃんにお願いしても全然聞いてくれないし......」


 聞いてくれるわけないだろと僕は毎回思っている。

 そして、目の前にいる男子の根絶を願う彼女は、僕と同じく、鳳来学園に通う生徒である。僕とクラスは違うのだが、かなりの美人で尚且つ理事長の孫にあたると言う。裏の顔はこんなであったことは意外だったのだが、浮いた話や悪い噂なんて聞いたことは無い。早くも学校中では彼女をアイドル視し、ファンクラブなるものまで存在している。

 それがうっとおしいと思わせ、そのような思いに拍車をかけているのかもしれないが僕はそんな経験が無いからお気持ち察することは出来ない。


 僕もきっとーーーー。こんなことをしていなければ麗しい東條の印象だけで、彼女の事を好いていた可能性だってあったかも知れないんだけどな。



 でも。



 僕には誰にも言えない後ろめたい秘密がある。


 それが今の姿。


『僕』はもう、『僕』だけでなくなってしまった。


 何も変わらない世界で唯一劇的に変化したのは『僕』と今現在の『私』の姿。何となくうわずりそうな裏声とも言えない様な声を操り、男だとバレないか日々、ヒヤヒヤしている。


 正直、このバイト、辞めたいっていうのが本音なのだが、時給が破格で他にない高待遇。


 それでも、なんだかんだで一ヶ月が経とうとしている............。


 こんなただの女装......我慢だ、我慢。



「ーーねぇ、聞いてるの? 朔子さん? 私、そろそろ本気なのよ!」

「う、うん。聞いてたよ、でもそんな事、止めた方が......」

「ううん、もう止めても無駄!私、決めたの。私には私のやり方で......」


 何やら、本日の彼女は意思が硬そうだった。僕は他の客のオーダーを取りに行く。そんな訳の分からないこと本気で言われたってなぁ。


「時間が......無いのよ............」


 その間、東條はアイスコーヒーのグラスに刺さったストローをギチギチと噛んでいた。僕はオーダーを取り終えてから彼女の席に戻って一言、軽はずみに言ってしまった。少し可哀想に見えた彼女を、からかってみようと思って。


「でもさ、もしそれが本当になったらとても面白いと思うけどね。やらない後悔より、やった後悔の方が、後悔のし甲斐が有るんじゃないかな?」

「そ、そうかな!? それなら、応援してくれる!?」

「う、うん......? 応援は別に......っ?」

「私、きっと誰かに背中を押して貰おうとしていたんだと思うの! だから、ありがとうっ!」


 僕はこの日、彼女を止める事を止めた。

 ぶっちゃけそんな事が出来るならやってみて欲しいし、高校生ともなれば皆、ノリだけで生きるような頭の軽い馬鹿ではない。それに、東條のぶっ飛んだ企みは理事長や教師陣含め大人達が一掃してくれるはずだ。


 そんな僕の他人事な思惑に反して東條はとても明るい顔をして僕の手を取った。その時の僕の表情は応援している様な顔はしていなかったはずだった。どうせそんな事、僕の代わりに誰かが止めるだろう位に思っていた。

 強いて言うならば、なんて柔らかい手なんだろう、その程度にしか思っていなかった。


 そんな事より僕は五百円アップした給料日が待ち遠しく、楽しみだったんだ。



 ーーーそれなのに翌日から、鳳来学園の姿は徐々に変わっていってしまった。


 最初は気づかなかった。


 どこからが生まれたか分からないモヤモヤとした男女の壁。男女の喧騒に日々トゲを感じるようになった。


 どこからとも無く生まれる根拠の無い出鱈目な噂話。続出するカップルの崩壊。主に女生徒における遺失の増加。

 新聞部の煽り。ムーブメントに乗じ様々なスキャンダルの放出に、先生生徒見境なく乱れ飛ぶ情報。


 鳳来学園は正体の掴めない瘴気の波に歪まされた。


 一瞬の出来事だったーーーー。


 気づけばもう手遅れ。

 この数日の間に東條は喫茶店に来ていない。


 それから台頭する女子生徒だけで構成された新しい生徒会、ローゼスの存在。もちろんローゼスを統べるのは東條澪。


 初めはただの部活として部屋を構えていたのだが、全生徒立ち会いの元、鳳来学園生徒総会にて新生徒会として持てる権限が今、決まろうとしている。


 主な主張は女子生徒の措置の優遇。

 それはもうめちゃくちゃなものだった(内容の殆どが男の隔絶について)。ローゼスは勢いそのままにほぼ半数を占める女生徒から賛同の声を受け、乱癡気騒ぎ好きな奴らの面白票を混ぜて可決されてしまった。


 こうして既設されている生徒会と同等の権限を持つ上、生徒会の持てる仕事の決定権の半分まで奪い去ってしまった。


 しかも、現生徒会副会長、副川が寝返る始末。


 全ては僕の時給五百円アップのせいなのか……?

 

 こうして火蓋は切られた。

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