そして借りパクしたカセットを返しに・・・

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

導かれし者たち

 「地元には一生帰らない」と心に誓っていたはずの俺が帰省して、はや一ヶ月。

 うだるような暑さの中、今日もド田舎の町を歩いていた。

 今も昔も、この町に見ていて楽しいものなんて何もない。蝉の鳴き声は騒音レベルに達しているし、個人商店は午後の五時に閉まるし、そもそも車が無けりゃあまともに生活さえ出来やしない。不快で不便で不自由。まるで昭和の時代に取り残されたような町だ。

 ……いや、違うな。取り残されただけならまだマシだった。この町は、ゆっくりと朽ちているんだ。

 俺が子供の頃は商店街もそれなりに賑やかだったが、今は閑古鳥が鳴いている。子供は滅多に見かけなくなり、道行く人はみなお年寄りばかり。

 だが俺は四十歳になって始めて、地元を愛おしく感じている。町全体が緩やかに衰えていく姿を見ていると、どこか自分自身が肯定されているように思えてくるんだ。

 この町は、前にも後にも進むことが出来なくなった俺でさえも認めてくれるのだと、そう感じるから。




 平日の昼間から近所を散歩し終えたあと、そのまま実家へ帰った。「おかえり、武志たけし」とぎこちなく笑う母親には一瞥もくれず、自室へ入る。

 この部屋は昔のままだ。棚にあるのは古い漫画本と、プラモデル。そしてテレビゲーム。

 小学生の頃は毎日が楽しかった。学校では友達と漫画雑誌の話題で盛り上がり、放課後は誰かの家でゲームをする。それが最高の娯楽だった。この町を出たいと思うようになったのは、高校生になってからだったか。

 不便で窮屈だった地元を離れた時、俺は死ぬまで都会で暮らすと決めていた。実家にもろくに帰らなかった。育ててくれた両親には悪いが、あの町に居続けると自分が腐っていくようにしか思えなかったんだ。

 けれど過労で倒れてそのまま仕事を辞めてしまった時、何故だか心変わりがあった。再就職するための気力も湧いて来ず、身も心も徐々に衰えていくのがわかった時ふと、あの懐かしい町が頭に浮かんだ。

 この町は、今の俺には実に馴染む。腐りかけの自分には、腐りかけの町が似合いなのだろう。

 自室だろうがスマホさえあれば時間潰しには事欠かない。寝転がってレトロゲームの実況動画を見ていた時にふと、この部屋にもファミコンがあったことを思い出した。

 部屋の片隅にあった段ボールの中からファミコンの本体を見つけ出す。中には何本ものカセットが一緒に眠っていた。

 最近のゲームソフトはすべて画一的なデザインをしているが、ファミコン時代のカセットはバラエティに富んでいた。色や形もバラバラで、中にはプレイ中に点灯するランプが付いているものなんかもあった。

 そんな中から一つだけ目を引いたものがあった。

 「中ざわ大介」。カセットの裏面に所有者の名前が書かれている。

 中澤大介。小学校時代の友達の名前だった。




 今から三十年も前の話になる。

 当時小学生だった俺は、しょっちゅう大介の家へ遊びに行っていた。

 けれど些細なことが原因で喧嘩してしまい、俺は腹いせに大介から借りていたカセットを返さなかった。そうして仲直りすることもなく喧嘩別れしたまま、今に至る。

 そんな因縁のカセットをファミコンに差し込んだ。部屋に置きっぱなしだった14インチのブラウン管テレビの背面にケーブルをつなぎ、ようやくプレイ環境が整う。

 電源を入れると、そっけないタイトル画面が出迎えてくれた。このゲームは国民的RPGの第三作目で、当時は画期的だったセーブ機能を持っていた。

 驚いたのが、当時のセーブデータがそのまま残っていたことだ。

 データを読み込むと、四人のキャラクターが表示された。


だいすけ

たけし

まさのぶ

ゆりこ


 懐かしい名前が並ぶ。地元の人間とはすっかり疎遠になってしまった俺だが、このゲームの中にだけは、三人の友達の名前が克明に刻まれていた。

 ゲームをいっぱい持っていてみんなと一緒に遊ぶのが大好きだった大介。家が厳しくてゲームを買ってもらえないから、という理由で大介の家に入り浸っていた正信。男女分け隔てなく接し、誰からも好かれていた優理子。

 2020年も半ばを過ぎたと言うのに、あの頃の思い出が色鮮やかに蘇った。

 彼らにもう一度会いたい。その気持ちが湧いて出てきた。

 大介の家は、実家から歩いて行ける距離にあった。あいつの家は本屋を営んでいたから、客を装って店に入ればいい。

 だが本人が居る保証は無いし、会ったところで今さら謝るのも気恥ずかしい。俺はひたすら煩悶し、気付けば夕暮れ時になっていた。

 今日じゃなければいけない理由は無い。明日でもいいんだ。今の俺は毎日が日曜日。今後の予定なんか無いんだから。

 ……けれど、そうやって全てを先送りにしていると、何もかもが叶わなくなる。今行動を起こさなければ、何も始まらないんだ。

 俺は再び家を出た。鞄の中に、あのカセットを入れて。


 だが大介の家は無かった。本屋だったはずの建物は、洒落たデザインの居酒屋に変貌していた。

 悲しさと安堵の気持ちが入り交じる。これも何かの縁だと感じた俺は、その居酒屋に入った。

 が、まさか。

「あれ、たけちゃん!? 久しぶりね~!」

「本当だ、武志君じゃないか!」

 店内で「まさのぶ」と「ゆりこ」が働いていた。ルイーダの酒場かここは?

「あ、たけちゃんは知らないだろうから言っとくけど、私達結婚したんだ」

 マジでか。お前らそんな関係だったのか! 全然気付かなかった……。

 正信も昔は頼りない感じだったのに、今では立派に一国一城の主として店を切り盛りしていた。優理子も正信の仕事を完璧にサポートしている。ゲーム上でも戦士の「まさのぶ」が前線で戦い、僧侶の「ゆりこ」が支えていたのを思い出した。

 その後、今では子供が二人居ることと、この店は大介の両親が手放した家をリフォームしたことを聞いた。

 酒が入った俺は、その勢いで例のカセットの話をした。出来ることならば大介に会って謝りたいということも。

「大介君か……。僕も最後に会ったのは十年以上前になるかなあ。ご両親が家業を畳まれて僕らにこの家を売り渡した時も姿を見せなかったし。県外で就職したとは聞いたけど」

「大ちゃんにも『ふっかつのじゅもん』があったら楽なんだけどなあ」

「おいおい、勝手に殺すのは失礼じゃないか?」

「……! そうか、思い付いた! 今は2020年でしょ。現代の利器スマホを使えばいいじゃない! たけちゃん、カセット貸して!」

 優理子がスマホでカセットを撮った。

「うちの店、ツイッターやってるんだけど、そこで情報募集してみたの」

 優理子のスマホを見てみると「#拡散希望」という現代のふっかつのじゅもん、もといハッシュタグが付いていた。

 「おうごんのつめ」じゃあるまいし、そうそう簡単にエンカウントするわけが……と思いきや、あっさりと大介のアカウントから連絡が来た。

「大ちゃん、明後日は休みでこっちに来れるって! たけちゃん家に直接行きたいって言ってるけど、いい?」

 俺は迷わず「はい」と答えた。




 それから二日後、大介との再会の日がやってきた。

「このメンバーで集まるのも何十年ぶりだろう」

「楽しみだね!」

 今日は正信と優理子の二人にも来てもらった。わざわざ店を閉めてまで来てくれたと聞き、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいになる。 

 とりあえず例のカセットをファミコンに差し込んでプレイを始めた。

「14インチのブラウン管テレビなんて久しぶりに見たよ。でもこのピンぼけした画面がノスタルジックでいいよね」

「ええっ、ってか何コレ!? あの時のセーブデータそのまま残ってるじゃん! すごいすごい!」

 優理子がはしゃぐ。ちょっと続きやろうよ、と言い出した瞬間。呼び鈴が鳴った。

「来たね、大介くん」

「私がここまで呼んでくるよ」

 その間、俺は急いでファミコンの電源を消し、カセットを引き抜いた。

「お邪魔します」

 部屋に現れた大介は白髪混じりの頭をしていて、顔のシワやシミが目立っていた。長い月日を感じさせる姿だ。俺の知らない大介の人生。多くのことがあったのだろう。

「おう、久しぶり。みんな元気か?」

 しかし、大介の柔和な笑顔は昔と何も変わらなかった。

 その姿に後押しされ、俺はカセットの件について話そうとした。

「ああ、武志に『貸しっぱなし』にしてたんだったな。せっかくだからそれで遊ぼうぜ」

 貸しっぱなしではなく、俺が一方的に返さなかっただけなのに。やっぱり、大介はいいやつだ。けれど何も謝らないままで本当にいいのか?

 どことなく気まずい気持ちのまま、再びカセットをファミコンに差し込み電源を入れた。

 すると。


デロデロデロデロデロデロデロデロデンデェン♪


おきのどくですが

ぼうけんのしょ1ばんは

きえてしまいました。


「ええっ! そんなことある!?」

「武志君がリセットボタンを押しっぱなしにせずカセットを抜いたからだよ!」

 そういやファミコンのカセットはいきなり電源切っちゃまずいんだったっけ……。

 謝ろうと思った俺を尻目に、大介は腹を抱えて笑っていた。

「すげーな武志! このタイミングで消えるか普通!?」

 爆笑する大介を見ているうちに、俺もつられて笑ってしまった。正信も優理子も笑いの渦に飲み込まれた。

「いやあ、面白いわホント。でもさ、こうやって、ぜんぶ消えちまったんだ。武志もいろいろ気にしてたんだろうけど、これでぜんぶチャラにしようぜ。俺たちはまた初めからやり直せるんだ」

 そう言って大介が手を差し伸べて来た。俺は黙ってその手を取り、がっちりと握手を交わした。

「さて、それじゃあ『ぼうけんのしょ』を始めようぜ。主人公の名前は武志に譲るよ。今回はお前が勇者だ」

 『勇気を持つ者』と書いて勇者と読む。

 前に進む勇気さえあれば俺はいくらでもやり直せるのだと、あのカセットは言いたかったのかもしれない。

 そして願わくば、この勇気が俺達の未来に続きますように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そして借りパクしたカセットを返しに・・・ 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ