第6話 擬似時間遡行
「それでもまだ不安があります。他に注意事項なんかは無いんですか?」
「そうだね、擬似タイムマシンと言っても行けるのは過去だけ。それに今の記憶を持って行くことは出来ないよ。あと、正確には追体験するんじゃなくて、過去のある時点に戻ってそこから新たな未来を刻んでいく感覚だね」
博士がホワイトボードに何か書き始めた。
「例えば答真君がコンビニ店員になるルートが現在の現実だとするよ。そしてコンビニ店員になる前の一年前に擬似時間遡行する。すると追体験の一年後では宇宙飛行士になっているかもしれない。まぁ、これも電気信号が完璧に解読出来てないから完璧な追体験が出来ないだけなんだけどね」
「それでも現実に戻って来たら意味がないじゃないですか」
「そう!そこが肝なんだ。追体験した際の記憶は現実に戻ってきても無くならない!つまり、自分の可能性の広がりを知ることができるんだ」
「それはなかなか魅力的ですね」
「そうだろう?君にもあの時こうしておけば、なんて後悔の一つや二つくらいあるはずだ。そのこうしておけばの選択肢を垣間見ることができる。どうだい?これが君にとってのメリットだ」
博士が興奮気味に続ける。
「それにね、この技術が確立出来れば認知症や鬱病、自殺を減らすことも可能だと私は思ってる!」
確かに自分の可能性を知ることは精神にも余裕をもたらす。最初こそ疑ったが実に意義ある実験に思えてきた。
「面白いですね、ただあと一つ気になるんですが」
「なんだい?」
「追体験している間は現実の時間はどうなるんですか?」
「あぁ、それなら安心してよ。追体験してる際のこっちの時間は一瞬だからね。一年程度で数時間ってとこかな。夢と同じだね。」
それなら良いか。追体験したはいいものな現実の夏休みが終わってしまっては元も子もない。
「やる気満々だねぇ。じゃ早速やっちゃおっか」
「え、今ですか?急過ぎません⁉︎」
速すぎる。展開が早過ぎる。野球だったら球速170キロでそれを打ち返すようなもんだぞ。
「こういうのは勢いが肝心なのさ。まぁ、騙されたと思ってやってみてよ。よし、そこの台に仰向けに寝ておくれ」
博士が指した方向を見ると、MRI検査の設備に似た機械がある。
さぁさぁ、と急かす博士に言われるがまま台に横になる。ひどく心配である。
「明日香さん、これ大丈夫なんですか?」
「答真君は心配性なのね。でも安心して。きっと君にとって素敵な経験になるから。あ、もしかしたら向こうで私と仲良くなるかもしれないわね」
あぁ、今そんなトキメキ演出は要りませんよ。あぁ、嘘です。もっと下さい。
「答真君、何年ぐらい前に行きたい?」
博士がパソコンに向かいながら聞いてくる。そんなことを言われても今は頭が回らない。
「じゃ、じゃあ一年前でお願いします」
あぁ、なんだか色々あり過ぎて頭が痛いや。
「あ、言い忘れてたけどちょっとだけ頭痛がするかも…」
もう既にしてますよ。なんだか目が回るぞ。博士の声と明日香さんの優しそうな微笑みがどんどん遠のいていく。
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