第3話 仮嫁の理由

「で、さっきの話な」

「はい」

 

 

 紗良は話を聞く為、マグカップをテーブルへ置いた。

 

 

「俺が立て替えた10万を働いて返してもらう」

「……」

「働く場所はここ。

1ヶ月家政婦をしろ」

「……1ヶ月」

「ああ。その間はここに住め」

「住み込みで家政婦……えっ!

住み込みですか!?」

 

 

 紗良はここへ来て初めて柚稀と目線を合わせた。

 

 

「ああ、さっき言っただろ」

「なんで住み込みじゃないといけないんですか?」

「理由は1ヶ月俺の女……仮の嫁をやってもらうからだ」

「……っ!」

「(仮の嫁……って、え! なんで)」

 

 どうやら車内での柚稀の言葉は耳に入っていなかったようだ。

 

 紗良は、まるで初めて聞いたような反応を見せた。

 

 

「俺のお爺さんがお見合いさせようとしてんだよ。だからだ」

「それは……私じゃないといけないんですか?」

「俺がお前にしてやったこと覚えてるか?」

「はい……クリーニング代の10万円を……」

「それを俺が払ったんだ」

 

 

 紗良の言葉は柚稀によって遮られた。

 

 

「1ヶ月俺の家政婦兼、嫁。

10万円にしては安いもんだろ」

「ちなみに……それを断った場合はどうなり……ますか?」



紗良は恐る恐る柚稀に問いかける。



「そうだな……俺、これでも社長なわけよ。言うこと聞いといた方が身のためだぞ」

「(身のため……。

断ったらなにがあるかわからない……)」

「……わかりました」

 

 

 紗良は恐怖から渋々引き受けることにした。

 

 

「荷物はあとで届くから」

「え? 荷物? なんで私の家知ってるんですか?」

「俺の情報網なめんなよ。

今秘書が取り行ってっから」

「はあ……」

「あ、お前の母さんには婚約者と同棲することになったで話通してっから」

「へ? 婚約者?

同棲……ですか?」

「ああ」

「(やばい……私お母さんに何も言ってない……! あ、やっぱり……)」

 

 

 柚稀の話を聞くなり紗良はスマホを確認した。

 

 

「(お母さんから着信10件、Limeが……100件?

1件だけ要件が入っててあとはスタンプだ。

電話しなきゃ……)」

「柚稀さん、お母さんに連絡してきます」

「ああ」

 

 

 紗良は柚稀に断りを入れ、廊下へ出た。

 

 

 そして、母へ電話をかけた。

 

 

「もしもし! 紗良! どういうこと?」

 

 

 母は2コール目で電話に出た。

 

 電話越しでもわかるほどに母は動揺していた──いや、怒っていたという方が正しいだろうか。

 

 

「お母さん……ごめん」

「ごめんじゃなくて……ちゃんと説明して」

「うん……。じ、実はね婚約者ができてその人と同棲することになったの……。

急に荷物取りに来たからびっくりしたよね……」

「何も聞いてなかったから驚くでしょ。

でも、まあ紗良が心に決めた人ならいいんじゃない?

今度お母さんにも合わせてね」

「お母さん……。ありがとう。その時は連絡するね」

「じゃあね」

 

 

 紗良は電話を切るなりその場にしゃがみ込んだ。

 

 

「(本当のことは言えないよ……。

お母さんに嘘ついちゃった)」

「何してるんだ」

「あ、柚稀さん。すいません」

 

 

 背後から声が聞こえ振り向くとそこには、柚稀がリビングのドアから覗きながら立っていた。

 

 

 

 

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