4話 ミスキャスト(1)
「兄貴。俺今日明日と出かけないといけなくて……昼過ぎには帰るから留守番頼むよ」
木曜日、ちょうど仕事休みだったオレはカイルに頼まれてまた砦に来ていた。
カイルは昨日から配達と魔物討伐の仕事。ベルは王立図書館に調べ物をしに行っている――また何かあっても大丈夫なように、ウィルを護衛につかせた。戦いはできなくても転移魔法で連れ帰るくらいはできるだろう。
昼飯を食ったあと、1人食堂のテーブルに座りボケーっと庭を眺めていた。
――今日はいい天気だ。冬とはいえ、日が差せばそれなりに温かい。
何の出来事もないなら穏やかに過ごせるだろうが、今はそうもいかない。
今この砦にいるのはオレとルカとグレンの3人。
始めにここを借りた時と同じなのに、今は状況が全く違う。
(なんでこうなっちまったんだろうな……)
闇の剣を拾って呪われたオレと、変な宗教出身の魔法使いルカと、そして凄腕の剣士のグレン。
全員初対面、別に冒険好きでもない3人が成り行きでパーティを組むことになった。
「なんでこんなことに」なんて思いながらも、なんだかんだでそれなりに楽しかった。
オレが作った料理を2人が無限というくらい食らい続けて、何食っても「うまいうまい天才」しか言わない。そんな2人に呆れまくっていたっけな。
――今ルカは部屋に引きこもり、グレンは食欲がないとほとんど何も食わずずっと寝込んでいる。
「ジャミル……」
「ん? ああ、ルカか」
いつの間にやら後ろに立っていたルカに声をかけられた。
最初期はコイツが急に転移魔法で目の前に何度も飛んできてビビらされたもんだが、今は情緒不安定なため魔法が使えない。いつから魔法を使えるのか知らないが不便で不安だろう。
「どうした? 腹減ったとか?」
「わたし……あの人に、謝りたい」
「え、ああ……」
ルカがオレの友達のアルノーを兄認定して抱きついて倒して、否定されても繰り返し兄と呼び続け激しく拒絶されたのは数日前のこと。
「まあ、アイツも何か虫の居所が悪かったのかもな……まあまた機会見つけて、話できないか聞いてみるわ」
「うん……」
「パンケーキでも作るか。ちょっと待ってろ――」
そう言いながらオレが立ち上がった次の瞬間食堂の扉が開き、金髪の男が入ってきた。
見たことがある。確か、フランツを引き取っていった――。
「セルジュ、様……」
「こんにちは。憶えていてくれて嬉しいよ」
「は、はあ……」
聖銀騎士のセルジュ・シルベストル侯爵令息。
あのアーテという女がここで色々やらかしたことがきっかけでこの砦にやってきた。
フランツの身元を引き受けてくれて、更にアーテとその近辺について調べたことをわざわざ知らせに来てくれるようになった。
隊長のグレンは寝込んでいるから、やりとりはもっぱらカイルとしているようだ。
話しているのを少し見た程度だが、このセルジュという人はガチのキラキラ貴族だ。
ベルやフランツと違って砕けた口調で話すこともないし、侯爵家といったらあの2人よりも身分が高い。
かといって気取った振る舞いもせず、身分や魔法の有無などでこちらを見下すこともしない。
正真正銘の貴公子だ。呼び捨てなんてとんでもない、様とか
カイルは今は冒険者だが竜騎士として侯爵家に仕えていたことがあるためか、この人相手でも物怖じせずに普通に話せる。元騎士のグレンも同じだ。
だがオレはそんな人間と話す機会がないから、同じ空間にいるだけでも落ち着かない。
酒場でホールに出て接客することはあるが、もちろんこんな客は来ない。
オレがこの人の応対をするのは何かひどく場違いなように思える。
――どうしよう、普通に敬語で話していれば大丈夫か?
「グレン殿とクライブ殿はおいでかな?」
「ああ、ええと……グレンは、少し具合が悪くて寝ています。クライブは昨日から出かけてまして……僕が、留守を預かってます」
「そうか。ではまた出直すとしよう」
「申し訳ないです」
「いや、勝手に来たのは私だからね」
「……ご用件だけでも2人に伝えましょうか」
アポなしで来たとはいえ、黙って帰らせるのも忍びない。こういう口調で大丈夫だろうかとドキドキしながら言葉をかける。
「ああ、実はフランツがいた孤児院についてなんだ」
「! ……光の、塾……」
「知っていたか」
「ええ、まあ……」
チラッとルカを見やるが、特に変わった様子はない。
「そこが、何か」
「ロレーヌ東部の山奥に彼らの本拠地を見つけてね。犯罪じみた行いをしていたので検挙したんだ」
「け……検挙……」
犯罪じみた行い――思い当たる節がいくつもある。
あの麻薬一歩手前の紫のだんごとか……フランツの話によると暴力行為も行われていたみたいだし。
「明日の朝刊にでも詳細が書かれるだろうが、調査したことを先に少しでも知らせておこうかと思ってね」
「そうでしたか。……わざわざありがとうございます、伝えておきます」
「お聞かせ願います」
(……え?)
セルジュ卿の後ろ――食堂の入り口にグレンが立っていた。
……いつから聞いていたんだろう? 目は赤くない。紋章の力で元の色を保っているんだろう。
「これはグレン殿。具合が悪いとお聞きしましたが」
「少し風邪をこじらせてしまいまして……お恥ずかしい限りです」
「そうでしたか。急に気温が低くなりましたからね……今はお加減は」
「数日休みましたので大丈夫です。……光の塾について何か調査したことがあるとか」
「ええ」
「私が聞きましょう」
「え、でもアンタ……」
「大丈夫だ、話を聞くくらいならできる。悪いが聞いたことを書き留めておいてくれないか」
「それは……いいけど」
「ルカはどうする」
「…………聞く」
「え、でも」
「聞く」
「…………」
焦点が定かでない目、体温がなくなったような真っ白な顔でルカが呟く。
(イヤだ、聞きたくない……!)
正確に言えば聞きたい。光の塾というのがどういう集団であるのか気にはなる。
でも今このメンツと共に聞くのはイヤだ。
光の塾の信徒だったルカ。それに、そこへ行くための下位機関にいたグレン。
別の要因でだが、今2人はとても不安定だ。どんな真実が明かされるのか分からないが今それを知るべきじゃない。
――なんでなんだ。なんで今ここにいるのはオレなんだ。
もしカイルだったら、強めに言ってグレンもルカも引っ込めることができたのかもしれない。
だがオレにはそんな力も立場もない。
目上であるグレンがセルジュ卿の話を聞くと言うなら、オレの出る幕はない。アイツに言われた通りに書記を務めるしかできないんだ。
どう考えてもオレは今この場面に立つべき役者じゃない……他の2人だってそうだ。
全くの、
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