5話 ミスキャスト(2)

「――光の塾の興りは35年前。ディオール東部のある街で発足しました」

 

 全員席についたところでセルジュきょうが話し始める。

 言われた通りにオレは紙とペンを用意して聞き役に徹することにした。

 

 ――落ち着かない。テストや受験の時だってこんなに緊張しなかった。

 

 他の2人に目を見やると、ルカは最初に会った頃のように焦点の合わない目でただじっと座っていて、対してグレンは背筋をまっすぐに伸ばし聞く準備万端といわんばかりにセルジュ卿を見据えていた。

 

(なんなんだよ、アンタは……!?)

 

 ――理解が及ばない。

 アイツ、「大丈夫」なんて言うけど大丈夫なはずがないんだ。

 薬を飲んだが魔力欠乏症はまだ治りきっていない。それなのに眼の色を元の灰色に保つために魔力を放っている。

 魔力欠乏症が治っていないということは身体も治っていないし熱も下がっていない、ここまで歩くのすらままならないはずだ。

 真実を知りたいからなのか分からないが、一体何がアイツの意識を保ちまっすぐに立たせているんだ。

 

(ダメだ。話に集中しないと……)

 

「――『聖光神団せいこうしんだん』を下敷きとした宗教団体で、当時は名前の通りに学習塾でした。代表者はニコライ・フリーデンというディオール人の男で、聖光神団の高位司祭の息子です」

「司祭の息子? ……その男自体は司祭ではないのですか」

「彼の家――フリーデン伯爵家は回復魔法使いを輩出する名門の一族だったようですが、彼には魔法の力は無かったようです」

「フリーデン伯爵家……存じ上げませんでした。ディオールの貴族については知っているつもりでしたが」

「……爵位と領地を剥奪され、家も断絶していますから無理もないでしょう。そのフリーデン家ですが、昔は魔法を持たない人間は差別される傾向にありましたがフリーデン家ではそういうこともなく、ニコライ自身も他の魔力を有する兄弟と同等の教育を受け豊かに暮らしていました。聖光神団の敬虔けいけんな信徒で、教会有する孤児院で預かっている孤児に勉強を教えたりして人柄も良かったということです」

「…………」

 

 話を聞きながらグレンとセルジュ卿の話を書き留めているが、今のところただの塾の発足の話で何の問題もないように思える。

 ニコライという男の家が「爵位と領地を剥奪されている」ことを除けば、の話だが……。

 

 更に話は続く。

 ――指導方法が良いのか、ニコライに勉強を教わった子はみるみる成績が上がる。

 やがて孤児院外でも評判になり、外部の子供の勉強も教えるようになった。教会の一室には収まらないくらいに子供が集まり始めたので、父に頼み領地の一角に校舎を建ててもらい本格的に勉学の指導を始めた――それが、光の塾の興り。

 始まった当初は本当に評判のいい塾だった。が、ある日を境に様相が変わり始めたという。

 

「生徒の中に、紋章に目覚める子が出始めたのです。たまたまそういう子が集まっていただけなのかもしれませんが、『ニコライは紋章使いを育成している』などと噂されるようになりました。始めは彼も否定していたらしいのですが、何の気変わりかいつしか彼自身も『自分は人の潜在能力を引き出す力がある。私の所に来れば紋章使いになれる』などと主張しはじめ、子供を入塾させる際に法外な準備金を取るようになったそうです」

「…………」

 

 明らかに詐欺だ。

 しかし光の塾に所属する子は紋章使いとして目覚める率が高く、自分の子供に可能性を見いだしたいがために入塾させる親は後を絶たなかった。

 増長するニコライにストップをかけたのは、彼の父と聖光神団だった。

 ――父親はともかく、なぜ聖光神団が?

 

「先に言った通り、光の塾の基本理念は聖光神団の教えを元にしています。自身の欲望のために人から不必要に金を取り、それを聖光神団の名の下に行うことは許されざることとして聖光神団は『破門をされたくなければ今すぐ詐欺まがいの行為をやめよ』と命じましたが彼は聞き入れませんでした。そしてある日、事件が起きました。生徒の1人が行きすぎた指導の結果亡くなってしまったのです」

「え、なんで……」

 

 黙って書き留めているだけだったのに思わず口を挟んでしまった。

 学習塾で人死に? 行きすぎた指導? 何がどうしてそうなる。理解度の低い子供を殴ったとかなのか?

 

「……紋章保持者がその力に目覚める条件というのは定かではありません。あくまでも昔からの定説ですが、多くは"生命の危機に瀕した時"とされています。ですので、ニコライを始め他の雇われ教師も日常的に生徒に"指導""精神的修行"と称し暴力を振るっていたようで、その果ての出来事でした」

「…………!」

 

 胸糞悪くて吐き気がする。

 今かたわらにウィルがいたら、落ち着きなく飛び回っていただろう。

 大人がよってたかって、子供に生命の危機に瀕する程の暴力を振るって死へ追いやる――魔物や闇堕ちした人間なんかよりよっぽど酷い。

 

「ニコライは逮捕され破門、光の塾も解体されました……が、彼を信奉する者の手によって解放されてしまいそのまま北――ノルデンに逃げ、再び学習塾を開きました。光の塾が宗教団体の体を取り始めたのはこの頃からです。当時のノルデンは内乱の最中でしたので、ディオールの一部でのみ知られていた怪しい団体が現れてもさほど気にかけられなかったようです」

「……しかし、そんな所に人が集まるとは考えられませんが。信徒も少なかったのでは?」

「ええ。私もそう思ったのですが……」

 

 グレンに水を向けられ、何の事情も知らないセルジュ卿は更に語る。

 ノルデンでも最初は学習塾をしていたらしいがディオール時代ほど食いつきはよくなかったため、やがてニコライは大人に着目し始めた。

 あの国は内乱の最中――心が荒れて、絶望して死を望んだり闇に堕ちそうな人間がたくさんいた。

 そこでニコライは新たに「リンドウの集い」という人生相談窓口を開く。

 リンドウの花言葉は「あなたの悲しみに寄り添う」――ニコライは聖光神団時代、信者の悩み相談のようなこともしていたらしく、人の悩みを聞き出し気持ちに寄り添いその人が望みそうな言葉をかけることがとても上手かった。

 ニコライは瞬く間に人の心と信頼を勝ち取り、やがて自分を中心とした「塾」とは名ばかりの宗教団体を作り上げていく。

 教義は聖光神団のものを土台としながらも支離滅裂で、全てニコライに益が及ぶようなもの。

 

 聖光神団の信奉する神は、ミランダ教の創世記にも登場する光の神だ。

 身勝手で愚かな人間に怒り永遠の闇に閉じ込めた、冷たく厳しい裁きを下す光と正義の神。ミランダ教の女神は彼の妹とされる。

 妹である女神が、自らが捨てた世界を拾い上げ救おうとしている――捨てたとはいえ所有物に手を入れられたことが気に入らない光の神は怒り、妹神に争いを仕掛け幾度となく世界を壊そうとするが妹神は諦めない。

 頑固な妹に最終的には折れ「その世界はお前と人間に与える。だが私はもう何も与えないし、救わない。裁きもしない。生きるも滅びるも世界の終わりまで自由にせよ」と言い残して去る。

 

 光の塾の教義「モノ作りは神の真似事だから禁止」というのは、自分の真似事をして世界を創った妹神と争った所から来ているのかもしれない。だが、光の神は別にそれを禁じていない。

「喜びは神からのみ与えられる」――光の神は何も与えない。奪うこともしない。

「心を持つことを禁じる。感情は穢れ」――人間の争いに腹を立てたが、怒る心も争いも禁じていない。

 もはや自分がかつて創った世界に興味を持たない光の神――それに対し、喜怒哀楽を許可なく得てはいけない、喜びを与えられるのは神のみ、全て神の思うようにせよ、神の意思に背くことをするな、全ては神の思うままに――自分勝手極まりない、光の塾の"神"。

 この"神"は……"神"というのは……。

 

「――光の塾の"神"というのはすなわち、ニコライ自身のことです。物事は全て彼の裁量で決まり、彼に気に入られた者のみが彼のそばに"天使"として仕えることができるのです」

「……そ……、」

 

 途中からなんとなく読めてはいたが、あまりに無慈悲な事実に全身の筋肉が強ばり「そんな」という言葉すら紡げない。

 ルカから少し聞いただけでも光の塾の教義はあまりに支離滅裂で、矛盾点を一つでも指摘すれば破綻してしまいそうなものだった。

 だからオレはこの宗教が崇めているのは邪神か何かだと思っていた。だが真実は違った……邪神だった方が、まだ救いがあっただろう。

 

 光の塾の信徒が盲目的に信奉している"神"は、光の神でもなければ邪神でもない。

 ニコライ・フリーデン――勉強を教えることと、悩んでいる人間を見つけだし、人心をつかむことがうまい詐欺師。そして、子供を暴行の末殺した男。

 何の力も持たない犯罪者の男を、ひたすらに崇めて――。

 

「…………うそ、つき…………」

「!」

 

 蚊の鳴くような声――オレの右側に座っているルカが、肩を震わせながらそう呟いた。

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