レベルが上がり続ける元リーダー
「そういえばあれ、兄貴もお前と同じに虫が視えるようになったって」
「……本当か」
「ああ。鳥の魔法を使いすぎじゃないのかなぁ……」
ある土曜日のラーメン夜会。
今日のメンバーはわたしとベルとグレンさんとカイル。
グレンさんとカイルは土曜日に宿に泊まることが多くメンバーが揃わないので、ラーメン夜会の頻度が減った。ちょっと寂しい。
「虫……黒魔術に使われた魂が視えるというあれですの?」
「そうみたい。あとネズミとかコウモリとか……でも虫が一番多いみたい。兄貴虫嫌いだから気の毒だよ」
「確かに……最初期に魔物退治していた時も『虫型モンスターだけはカンベンしてくれ』と言っていたな」
「えー、ジャミル虫嫌いだったんだ? セミ捕るのとかうまかったのに」
わたしがそう言うと、カイルが怪訝な目でわたしを見てきた。
「レイチェル……」
「え、なになに?」
「兄貴の虫嫌いはレイチェルのせいだからね?」
「ええっ、なんで? わ、わたくしめがなにか……」
「セミの抜け殻を俺達に片付けさせたじゃないか。虫が大量に湧いてさぁ。兄貴はあれ以来虫が駄目なんだよ」
「わっ! そ、そうでしたか……そ、それはあの、申し訳ない……」
「あと俺ヘビが無理なんだけど、それもレイチェルのせいだから」
「ええっ、ええっ、な、なぜ」
シマヘビをぶん回していたから? と聞きたいけどグレンさんの前では……、っていうか抜け殻集めてたことナチュラルにバラされた!
チラリとグレンさんを見るも、特に引いている様子はない。
「覚えてないの? レイチェルがぶん回してたシマヘビがレイチェルの手からすっぽ抜けて飛んで、俺の顔にベチンと当たったんだよ」
「はわっ! そ、そうでしたっけ……」
「で、そのまま俺の服の中に入ってシュルシュルうごめいてさ……俺はあの感覚忘れないよ」
「そそそそ、そうなの? ご、ごめん」
「ヘビくらいでガタガタ言うな、軟弱者が」
「えっ」
隣に座っているグレンさんから思わぬ援護射撃が。
ラーメンをすすりながら、超絶不機嫌顔になっている。
「幼なじみのホンワカエピソードを話しやがって。寝床にマムシ酒置いてやろうか」
「や、やめろよ。大してホンワカもしてないし……まあ悪かったよ」
(あわわわ……)
まだ彼と付き合いだして1ヶ月も経っていないけれどよく分かったこと。
グレンさんは、わたしと幼なじみであるカイルとジャミルにけっこう嫉妬しているらしい。
彼が知らないわたしを二人が知っているのがイヤなようで、場を和ますため、話を広げるための幼なじみエピソードは、ご法度。
ジャミルはもう辞めていなくなり会う機会もなくなった。
というわけで矛先はカイルに向かっている。彼と長い付き合いなこともあり、なお許せないらしい……。
「……余裕のない年上男は、嫌われるぞ」
「うるさい。俺を間に挟んで仲良く話しやがって」
大きくため息を吐くカイルに向けて吐き捨てるようにそう言ったあと、彼は憎々しげにラーメンを噛みちぎる。怖い。
仲良く話してるつもりじゃないけど……でも自分を間に挟んで自分の知らない話されるのは確かにイヤかも?
……恋愛って難しいなぁ。
「俺がそんな気じゃないのはお前もよく知ってるだろうに……まあいいか。それより兄貴の話に戻るんだけど、この前兄貴の家に”あの虫”が出てさ」
「あの虫。……もしかして」
名前を言うのもはばかられる、キッチンに出没するカサカサと素早い黒い虫。
「そう。で、兄貴はもちろんそいつも大嫌いだから、悲鳴上げながらあの使い魔の鳥の名前を呼んでさあ、そしたら普段ひよこみたいなかわいい感じなのがこう――カラスくらいの大きさになって、ケーケー鳴きながら口から紫の渦を吐き出して虫に当たって……渦はそのまま虫を呑み込んで消えたんだ」
「え、ええっ? 何それ、転移魔法なの? ホラー?」
「その虫はどこへ行ったんだ」
「……って、俺もそれ聞いたら『行き先を指定してないから知らない』って」
「なんか、最近わたしが読んだ使い魔の本とは違うなぁ……」
あの本には情報収集とか、ちょっとした距離の相手に手紙を届けるとか、あと戦闘では盾になってくれるとかそういう感じのものだったような。
新種の使い魔なのかな?
「ベルナデッタ、君はその辺分かったりしない?」
「えええ……? あたしはあまりその辺は……」
「『魔法は心の力』なら、あの鳥も魔法の一種だろう。単純にジャミル君がその虫を大嫌いな気持ちが反映されただけじゃないのか」
「でも相手を遠くに消し去るなんて、なんかだいぶ強力なような……」
◇
「ベル? どうしたの、何か調子悪い?」
「え……そうかな?」
ラーメン夜会が終わって、後片付け。
いつも今日のラーメンについてのこだわりを喋っているベル。
今日はそれもなく、途中からあまり喋らなくなってしまったのが気になっていた。
「んー。ちょっと気になったんだけど……ジャミル君の鳥の魔法って、どういうのかなぁって。レイチェルは見たことある?」
「ううん、全然。そもそも辞めてから全然会ってないよ、グレンさんとカイルはたまにお店に食べに行ってるみたいだけど。だからあの小鳥ちゃんだってカワイイものっていう認識しかないなぁ」
「そう、なのね……うん」
「ベルは優しいよねぇ」
「へっ!? あたしが?」
「だって、ジャミルが辞めてからも都度都度彼のこと心配してる風だから」
「そ、そう……? うーん……やっぱりあの小鳥って元は闇の剣だし……気になっちゃうのよね」
「そうなんだ。確かになんか危なそうではあるよね」
「うん……」
(ベル……?)
目線を左右に泳がせて、なんだか浮かない顔。
「全然話変わるけど。あのね、あたし来週再来週といないの。実家に戻らないといけなくて」
「えっ! そうなの?」
「うん、数ヶ月に1回の定期報告的な。というわけでこう……憂鬱なのよね。それがラーメンにも出ちゃったかしらねー」
「そう……? おいしかったけどなぁ」
「そんなわけで、2週間ちょっと大変だと思うけどよろしくね。カイルさんも手伝ってくれると思うけど」
「うん。……」
「なあに?」
「ううん。ベル……辞めちゃったりしないよね」
「えええ? やだ、どうして? 辞めないわよぉ。ここ居心地いいんだもん」
「そっか。そっかぁ、よかった! ふふ」
わたしがそう言うと、ベルも笑う。
ベルの目が、数週間前にグレンさんと話した時と同じに遠い目をしていた……ような気がしたけど、気のせいだったかな?
うーん、わたしのカンなんて当てにならない。
そんなことを考えていると「ごめんね、レイチェル」と聞こえてきた。
「え?」
洗い物をはじめたベルが、後ろ姿のままわたしにポツリと謝る。
(ベル……?)
いつも明るいベル。ハッピハッピーが信条のベル。
……やっぱり何か様子がおかしい。
だけどなんとなく聞いちゃいけない気がした。ベルもそれを望んでいそうだった。
「悩み事があれば話してね」なんてことも、どうしても言えなかった。
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