27話 別れの日

「こんにちは、テオ館長」

「ああ、レイチェルさん。来てくれたんですか」

「もちろんですよ。これ、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 とうとう迎えた、図書館閉館の日。

 わたしは花屋でテオ館長へ送る花を買ってやってきた。

 迷った末に選んだのはネリネの花。

 花言葉は「また会う日を楽しみに」――。

 

 館長に促され図書館へ入ると、グレンさんが言ったようにがらんどうだった。

 そんなに広くないとはいえ、並んでいた本棚は一つもない。

 司書のカウンターに置いてあった本やファイルも無くなっている。

 うう、寂しいなぁ。

 

「今日は何をなさってたんですか?」

「昔なじみの友人を呼んだり、常連の子供さんにお菓子やお礼の品をあげたり……マクロード君にはその手伝いをしてもらっていました」

「そうなんですね」

「今日は、こちらへどうぞ」

 

 そう言って館長は、司書の席の裏側にある扉を開ける。

 扉の向こうは渡り廊下になっていて、住戸につながっていた。

 

「普段はここで生活しているんです」

「へぇ……」

 

 館長は渡り廊下から住戸につながる扉を開ける。

 また廊下が続いていて、館長がいくつかある扉の一つを開けると、そこはリビングだった。

 

「あ、グレンさん」

「ああ、来たのか」

 

 館長宅のリビングで、グレンさんが荷物を箱に詰めていた。


「引っ越しのお手伝いですか」

「そんなところだ。……花、買ってきたのか」

「はい。ネリネの花です」

「また会う日を楽しみに……か。シャレてるな」

「そ、そうですか? ……グレンさんて花言葉詳しいですね。この前のジニアの花だって――」

「キャンディ・ローズ先生を熟読してるから」

「教訓を得てますね~」

「……まあな」

「ふふふ」

 

「……二人は、仲が良いですねぇ」

「え……わわ、すみません」

 

 わたし達がなんでもない会話で笑い合ってると、テオ館長がニコニコ顔で紅茶を運んできた。

 しまった、館長がいるのに二人で盛り上がっちゃった……。

 

 

 ◇

 

 

「レイチェルさんに、これを」


 テオ館長に一冊の本を渡された。しっかりした装丁だけれど、かなり古い本だ。

 パラパラとめくってみると、薬草やハーブの絵とその説明が丁寧な字で記述してある。

 

「これは……?」

「これは、ヒルデガルト著の薬草の本です」

「えっ……! ヒルデガルト様の!?」


 わたしが通っているヒルデガルト薬学院、その開祖ヒルデガルト・フォン・ビンゲン。その人の薬草の本ってすごい貴重品なんじゃ……!?

 

「それって、王立図書館に寄付するようなものじゃないんですか? わたしなんかがもらって……」

「いいんですよ。君にあげる為に置いておいたんです」

「えーっ、えーっ……恐れ多い……」

「いいじゃないか、もらっておけば」


 すごい本を前に半ば怖気づいていると、グレンさんが少し笑いながら声をかけてきた。


「う、それじゃ、頂いていきます……ありがたき幸せ……!」


 テオ館長から本を受け取る。

 すごい物もらっちゃった……両手で受け取って礼をすると、グレンさんがクックッと笑う。

 

「……王様から賜ったみたいな受け取り方だ」

「う、だってだって、ありがたいではないですか~」

 

 そんなやりとりをしていたら、テオ館長もおかしそうに笑った。


「ふふふ……どうやら二人は特別に仲良しになったみたいですね」

「えっ! あ……、あはは」

 

『特別に仲良し』なんてそんな……すごい恥ずかしい……!

 グレンさんの方を見ると『そうですが何か?』みたいなクールな表情。

 

「君達が恋仲であるなら……最後に少しこの老いぼれの昔話を聞いていってくれませんか」

「昔話、ですか?」

「ええ。紋章を持つ私と、魔法を持たない妻の話を」


 テオ館長が、棚に置いてある写真を手に窓の外を見つめる。

 いつも優しくて暖かい館長が初めて見せる、憂いのある表情。

 

 紋章を持つ館長と、魔法を持たない奥さん。わたし達と同じ――。

 

  

 ◇

 

 

「私は、ディオールのとある伯爵家の四男坊でした。妻のエルナも同じく、ノルデンの伯爵家の三女。爵位も跡取りも関係ない者同士で親が取り決めた婚約でしたが、彼女は明朗快活で趣味や好きなことで話が合い、次第に愛し合うようになりました。ですが、あることを境に事情が大きく変わり私達は引き裂かれそうになったんです」

「あることって……?」


 館長はわたしの問いに少しこちらへ顔を向けると、右手の紋章を光らせてみせた。


「私に風の紋章が発現したんです。50年ほど前のこと……ちょうどマクロード君くらいの年の頃でした」


 ソファで隣に座っているグレンさんの方を見ると、ちょうど目線がかち合った。


「その年で発現ですか……」

「ええ。実は私の家も妻の家も魔法使いを輩出する名門貴族で、お互いに一人だけ魔法の素質がなかったんです。魔術の名門たる家で『無能力者』の私と妻は、言わば恥部。『無能力者同士くっついてどこへなりと消えろ』というのが両家の親の意図でした。しかし、紋章が出たとなると話は別です。『それならば』と、私の親も妻の親からも『妻との婚約を破棄して優れた魔法使いである妻の妹と結婚せよ』と命令が下りました」

 

 わたしもグレンさんも無言になってしまう。

 これはきっとすごく苦しい話だ。

 魔法を持っていないだけでどうしてそんな扱いを受けるんだろう。

 まるでモノ扱い。しかもそれがご両親からだなんて。

 

「さらに、紋章が出たことで家での私の扱いがガラリと変わりました。親は『紋章が出たのだから黒髪の無能女などと婚姻する理由がない』『無能力者で役立たずのお前をここまで育てて置いてやったのだから恩を返せ』と。兄弟はそれまでは優しかったのですが、紋章が発現してからは私に憎しみの目を向けるようになりました」

「ど、どうして」

「……貴族は大体が魔法使いで、当時の貴族は家柄と魔力で人の価値が決まる世の中でした。私の兄弟は魔力がそれほどではなかったので『自分は無能力者のこいつよりは優れている』と哀れみ、親切にすることで自分の優位を実感できていた。それが急に逆転したので、まるで許しがたい罪を犯したかのように糾弾しました。……私はその時になって初めて家族全員の見下し要員であったことに気づきました」

「…………」

「妻はノルデンの貴族でした。ノルデンは魔法大国でしたから魔法使いであることが絶対という価値観は更に強く……ノルデン貴族の証である銀髪は『神に選ばれし者』とされている中、魔法が使えず黒髪であった妻は下賤であるとか不義の子であるなどとして、私以上に虐げられていました」

 

「――……?」


 話の途中で、グレンさんに手を取られた。

 わたしが泣きそうな顔をしていたからなのか、それとも彼にとっても耳を塞ぎたい話なのか……。 

 それを見てか、テオ館長が少し苦い表情で笑ってみせる。


「すまないね。重苦しい話で……そういうわけで、引き裂かれそうになった私と妻は、意を決して駆け落ちをしました」

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