26話 帰り道、手をつないで
「お待たせ。帰ろうか」
「はい」
日曜日、約束通り2人で一緒に帰る。
砦を出てから手をつないだ。わたしは普通につなごうとしたけど、彼は当然かのように指を絡めてつないできた。
カップルつなぎだ。……こんなくらいなのに顔から火が出そうだ。
でも、嬉しい。
「来週の打ち合わせはしなくていいんですか」
「ああ、もう土曜の夜に宿屋で済ましたから」
「そうですか。……ふふ」
「どうした?」
「……嬉しいんです」
「嬉しい?」
「先週は全然会話することなくて、顔もほとんど会わせることなくバイト終わって……帰り道ちょっとせつなくて、泣いちゃいそうだったんです」
「……すまなかった」
グレンさんがそう言って、つなぐ手にぎゅっと力を込める。
「いいんです。その分今、こうやって一緒にいられるのが嬉しいから。それに今週はグレンさんの砦の日常をちょっと見られたし」
隣を歩く彼を見上げると、わたしを不思議そうに見つめていた。
「ここへ来て半年くらいですけど、グレンさんが砦で何してるか知らなくて。ちょっとここでの日常覗き見できて、それでわたしも今その日常の一部になってるんだなぁって思うと、なんだかすごく嬉しくて」
「そんなことが、そんなに嬉しいのか」
「……『そんなこと』じゃないですよぉ。だってやっぱり、好きな人のこと知れると嬉しいですもん」
「…………」
恥ずかしながらもそう告白すると、彼は無言になってしまう。
どこか、遠くを見つめているように見える。
わたしは彼を知りたい。彼の色んな表情を見ていきたい。
だけど先週も見た、どこに視点があるか分からないこの顔を見るのはなんだか辛い。
「……グレンさん」
不安になって握っている手の指で彼の手の甲を撫でる。すると彼はすぐにわたしに視線を落として物憂げに笑った。
「すまない。少し考え事を」
「考え、ごと」
「レイチェルは、嬉しいことを見つけるのがうまいな。しかもそれを、まるでキラキラした宝石みたいに言う」
「あう……そ、そうですか。オーバー、ですかね。あはは」
「いや、いいと思う。……魔法使いみたいだ」
「魔法使いって、そんな……グレンさんこそ魔法使いなのに」
「俺の魔法は壊すためのものだから」
「……」
感情を伴わない言葉。
わたしは握っている手に力を込める。――紋章のある、彼の左手。
「戦場で、相手の気配――命の火を見て、そこにぶつける。命のやり取りをしている時だけ確かに自分は生きていると実感できる。そのためだけの力だ」
「…………」
「だから、壊すだけの……俺のような人間が、レイチェルの隣にいてもいいものかとやっぱり思ってしまう」
「また……そんな、こと」
「すまない……すぐに重たい話題になってしまうな」
「…………」
生きている実感……それって何だろう? どうして、実感が欲しいんだろう。
――あいつ、『自分はいない方がいい』って割と本気で思ってる節があるんだよね。
カイルが言っていたように、彼が昔住んでいたノルデンの災害や内乱で人の死を見ているからそう思うのかな。
すぐに重たい話題になってしまうのは、それだけ重い過去を背負っているからなんだろうか。
……どこまで聞いていいんだろう? どうしたらいいんだろう?
「あの、グレンさんは、ミランダ教はご存知ですか?」
どうしていいか分からないけれど、なんとか言葉を紡ぐ。なんだか口がカラカラだ。
「ん? まあ、世界的に一番信じられている宗教だしな。内容は……魔法の元素がどうというのくらいなら知ってるが」
「はい、神様が人間の行いに怒って闇に閉じ込めて、それを女神様が、天地、光闇、火水土風を生み出して、世界を創って……それでね、火っていうのは女神様が世界を創る時じゃなくて、人間の為に与えてくださったものなんです」
「人間の為?」
「はい。闇の寒さと暗さに絶望する人の為に与えてくださったんです。だから”火”は希望なんです。暗闇の中で道標になる、灯火なんです」
「…………」
「だから、ええっと、火っていうのは壊すだけじゃなくて、温かくて明るくて……そういういい側面だって、ありつつ……うーん、うーん」
どうしよう、見切り発車で喋りだしたから全然まとまらないな~。っていうか彼との関係性とか抜きにしても、8歳年上の人に何か良いこと言って元気づけようなんておこがましいもいいとこ――。
「……ふふっ」
「?」
次言うべき言葉を色々考えていたら、グレンさんがおかしそうに笑った。
「す、すみません。途中から何言ってるか分からなく……ちょっとお花畑でしたかね……?」
「そんなことない、嬉しい。ありがとう。……レイチェルはやっぱり魔法使いみたいだ」
「ま、魔法使い」
砦に来たばかりの時、ルカにもそう言われたことがある。それってグレンさん由来の言動だったのかな??
それから二人で他愛もない話をしながら歩いた。
グレンさんは色んな話をしてくれた。
ジャミルやルカと出会ったばかりの頃の話。紫のだんごをありがたがるルカに「食の神」たるジャミルが悪い顔で酢豚を勧めた話。
紫だんごは刑罰用としてジャミルが取り入れて、オリジナルのだんごはもっともっとまずかったという話。
そしてそのだんごは、本当はだいぶ怖い品物だったという話。
最後はちょっとゾクッとしたけど、楽しかった。
家に着かなければいいのになんて思ったけど……。
「あ、ここでいいです。家はすぐそこですから」
「そうか」
辿り着いたのは、近所の公園。ここを突っ切ると、わたしの家はすぐそこだ。
「それじゃ、これで」
「はい」
――藤棚の下。
彼の大きな手のひらに顔を包まれ、唇が重なる。そのあと、少しの間抱き合った。
ほんの数日前、ここで彼に感情的に当たり散らした。
それが今こんなことになるなんて……。
「気を使わせてあれこれ考えさせて悪かった。……年上なのにな」
「……年が離れていることって、グレンさんもやっぱり気になりますか」
「それはそうだ。騎士になるのにそれっぽい所で勉強はしたけど俺は学校も行っていないし、どうやっても同じ目線には立てないから」
「わたしは……わたしも、もうちょっと大人だったらって思います。4年くらい早く生まれて、例えば……ベルくらいの年だったらって」
「そうなのか」
「共通の話題だった、図書館もなくなっちゃうし……」
「ああ。……明日で終わりだ」
「明日……」
本当に明日で閉館しちゃうんだ。今週は行けなかったなぁ……悲しい。
テオおじいさんに、お花でも買っていこうかな。
「……来るんだろう?」
「もちろんです」
「じゃあ、待ってるから。――また、明日」
「はい……」
もう一度キスをして、わたし達はそれぞれ帰路についた。
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