16話 少年探偵、不思議探しをする

 レイチェルとフランツが帰ってしばらくして、コンコンとドアのノッカーを叩く音がした。


(誰だ……?)

 

「アーニーキー! 開けて~! 開けてくださーい!」

「…………」


 さっき帰ったはずのフランツが大声で叫んでいる。


「フランツ、声が大きい……なんだ、一体」

「帽子忘れちゃったんだぁ」

「帽子?」

 

 部屋に戻り見回してみると、先ほどフランツが侵入しようとしていた寝室へのステップの所に確かに落ちていた。緑色のキャスケット帽だ。

 先日買い物に行った時、ベルナデッタに買ってもらったらしい。


「これだな」

「わー! ありがとー!」


 帽子を渡してやると、フランツはキラキラした目できゅっと帽子をかぶる。


「レイチェルは? 帰ったのか?」

「うん。砦と逆方向だし、何か街をブラブラしてから帰るって言ってたよ」

「そうか」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……もう、用はないだろ?」

「うん。アニキ、何やってたのかなーって思って」

「何って別に……菓子食いながら本読んでただけだけど」

「お菓子かぁ。やっぱチョコレートなの?」

「ああ」

「本は何の本読んでるの?」

「何でもいいだろう」

「気になるー」

「気にするな」

「むう……ジャミルは創作料理してたり、カイルさんはシーザーと遠乗りしたりとかだけど、アニキのプライベートって謎めいてるからさぁ~」

 

 フランツは人差し指だけ少し立てた握り拳をアゴに当て、ジトッとした目で口をとがらせる。キャスケット帽を被っていることもありその様子はまるで――。


「お前、探偵でもやってるのか? 俺を探った所で何も得る物ないぞ」

「フシギ探ししてるだけだよぉ。アニキはフシギに満ち満ちてるから」

「――するな。別に俺は不思議でもなんでもない。早く帰れ……日が暮れるぞ」

「アニキって、だまってたらすっごいミステリアスなんだよ。知ってる??」

「ミステリアス?」

「全ての行動が意味ありげだよねーってベルお姉ちゃんも言ってたー」

「……黙ってる時は話すことがないだけ。例えば本読んでる時に本読んでる以外の意味合いなんかない。難しい学術書とか読んでるわけでもないし」

 

 ――そうだ。黙っていると機嫌悪そうとか何か策略張り巡らせてそうとかよく言われる。面倒だ。

 明日の砦の晩飯何だろうとかあの酢豚うまかったとかトンカツ最高とか、そんなことしか考えていないというのに。

 

「う~ん。じゃあさ、じゃあさ、」

「か~え~れ~ って言うのにー。転移魔法で強制送還するぞ」

「えーほんとー!? やった――!!」


 フランツがピョンと跳ねる。


(しまった……)


 余計なことを言った。

 俺はルカほど魔力がないから、転移魔法は1日1回しか使えない。フランツを送ったら俺はそこから徒歩で帰らないといけない。

 かと言ってこれ以上少年探偵に不思議探しされてもたまらないし……。


(くそ、ここに上げるんじゃなかったな……)

 

 

 ◇

 

 

「……うわーすげー! 砦だぁ! アニキ、ほんとに転移魔法使えるんだねー!」

「ああ……」


 砦に瞬間移動してきた。

 真夏の太陽の下、全力疾走したあとのような疲労感と虚脱感。やっぱりあまりやりたくない代物だ。ルカはよくこんなのを何度もできるな。


「……じゃあ俺は帰るから」

「うん、ありがと!」


 フランツはニパーっと笑って、砦へと駆けていく。

 

 疲れた――やっぱり徒歩で帰らないといけない。ここから徒歩だと、30分くらいか。

 歩いているうちに魔力は回復するからそのうち瞬間移動はできる。ただおそらく30分はかかるだろうから、そこまでくるともう歩いた方が早い。やっぱり乱発はできない。

 パワーが足りないし、肉食いたいな……パンは明日にして、今日はどこかで食って帰っ――。


(……財布持ってきてないな)


 そもそも今鍵も持ってないけど、鍵を締めてきてないだろうか?

 いや、フランツを出迎えてドアを開けて、そこから転移魔法を使って……だから開いてるはず……?

 

 

「アニキー、どーしたの? だいじょーぶ?」

「え?」


 なんだかんだと考えていたら、砦に入ったと思っていたフランツがこちらを心配そうに見上げてきていた。


「大丈夫って何がだ?」

「んっと、立ち止まって、こ――して、なんか渋い顔してるから」

「…………」


『こ――して』と言いながらフランツは手のひらで口を覆い隠し眉間にシワを寄せ、目を細めてやや斜め下に目をやる。


「いや……別に。肉食いたいって思ってただけだ」

「肉? ほんと? あんな……顔で?」

「何回も真似するなよ……恥ずかしいだろ」


『あんな』の所でフランツはまたさっきの顔をやってみせる。

 悪い顔だ。策略張り巡らせてそうだ。誰かを罠にはめそうだ。そんな顔して肉とパンのこと考えてたのか……。

 

「おれのこと怒ってたわけじゃない、よね?」

「怒る? 何故」

「送ってもらったけど、アニキは徒歩で帰らないとなんでしょ。休みの日なのにって怒ってるのかなーって……」

「そんなこと気にする必要ない。俺は黙ってると怒ってるように見えるだけで、大抵怒ってない。むしろ何も考えてない時の方が多い」

「そっかぁ。よかった! ……アニキはもっと表情を豊かにしないとダメだね」

「……ごもっともで」


 10歳の子供にダメ出しされてしまった。しかしそんなことを言われてもな。

 

「そーいえば。もひとつフシギなことがあったんだよ。アニキ、寝室のアレって何?」

「寝室のアレ?」

「窓のとこにさ、空のビンが二本置いてあったじゃん」

「……あれは、えー……インテリア」

「インテリア~~? あれが?」

「そうだ。……何飾ったっていいだろ」

「うん、いいけどさ。……あのベッドの『かどっこちゃん』は? あれもインテリアなの?」

「そんな所だ」

「あれブドウ持ってるし、レザン地方のご当地かどっこちゃんかな~? そういえばこの前――」

「……おい名探偵。俺は大抵の場合怒ってないが、色々探られたり推理されたりすると機嫌を損ねるぞ」

「わわ! ごめん!」


 フランツは慌てて口を両手で覆い隠し、少ししてから片目をつむりつつペロッと舌を出した。

 ……こいつ天然でこれなのか? あざといな。


「じゃあ、今度こそ俺は帰るから」

「うん、また明日ね!!」

 

 

 ◇

 

 

「ふう……」


 40分ほど歩いて自室に戻った。鍵は開いていて安心した。

 風呂と食事を済ませ、今はベッドに横になっている。

 まだ眠るには早い時間だが、なんとなく何もする気が置きなかった。

 誰もいないからいつもの通り一切音がなく静かだ。


 あれほど降った雨が嘘かのように空には雲ひとつない。

 天窓から月の光が差し込み、寝転んでいるだけの自分を照らし出す。

 リビングにある南向きの窓は日中ずっと日当たりが良く心地よい……らしい。カーテンを開けることがないから分からないが。

「収納が充実、日当たり良好です」と紹介されたこの部屋。

 住めればなんでもいいと適当に決めたが、この空間はどうにも俺にそぐわない。 


 ――アニキの部屋って、ホントになんにもないね~

 ――全ての行動が意味ありげだよねーってベルお姉ちゃんも言ってたー


 確かに、この部屋には何もない。

 充実しているという収納にはほとんど何もしまっておらず、空っぽだ。


 目線の先、窓の縁にはフランツに「インテリア」と称したぶどうジュースの空き瓶が二本置いてある。

 一つはジャミルの酒場のマスターから貰った物。もう一つは、レイチェルの旅行土産の物。ぬいぐるみがついていたやつだ。

 捨てようと思っていたが、持ち帰ってきてしまった。

 なぜかは自分でも分からない。


 枕元にある、ジュースのおまけの「かどっこちゃん」のぬいぐるみを手にとり、今日のことを思い出す。

 まさか彼女があのマッチ箱を手に取るとは思わなかった。

 ――なんとなく捨てそびれて背景と化していたマッチ箱。

 見られたくはないが、誰もここに来ないし見ることもないから放置していた。それだけだ。

 あれを手にしているのを見た時は内心焦った。

 彼女も箱を開けた時に明らかに焦っているのが見て取れた……すぐに取り上げて捨てたが、あれに何か重大な意味があるなんて思っていないだろうか。

 ただ捨てていなかっただけだ。意味なんかない。もう捨てたから、何も気に留めないで欲しい。

 

 この部屋には何もない。

 俺の行動も言動も、深い意味などない。

 だが何か、捨てられずにいるものが増えている。

 そこに何の意味があるのか何の意味もないのか、自分でもよく分からない。

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