◆エピソードー館長日誌:1563年1月 風の妖精

「こんにちは館長さん!」

「はい、こんにちは」

 

 ハキハキとよく通る澄んだ声。

 近所に住む少女で、昔からここへ来てくれている常連の子だ。今は薬師の卵らしく、ヒルデガルト薬学院の制服を身にまとっている。


 ――そういえば常連の子はもう一人いたが、5年ほど前から姿を見ていない。

 引っ越していったのか、それとも新しくできた図書館へ行ってしまったのか……一期一会とはいえ、やはり少し寂しい。

 

「これ返却しにきましたー」


 少女はニコニコ顔で、司書席に座る私に本を差し出す。

 先週借りていった、恋愛小説の本だ。

 

「この本、珍しいですよねぇ。この作者さんの初期の作品ですよ、どこの本屋にもなくって!」

「この本はねぇ、王立図書館から譲り受けたんだよ」

「王立図書館!? へぇ~、そんな所にも恋愛小説とか置いてるんですね! 学術書とか魔術書とか、お堅い本ばっかりかと思ってました」

「そりゃあ、あらゆる本を置いてますよ。知識を得るばかりが読書ではないですからねぇ」

「おお~、深い……!」


 少女は嘆息して、両手で口を覆う。

 

「ふふふ……」

「これって三部作らしいんですよ。……もしかしてあったりとか……?」

「ええ、ありますよ。ちょうど今日取り寄せました」

「やった……っ、!!」


 大声で叫びそうになった彼女は慌てて口をつぐみ、肩をすくめた。


「えへへ……ごめんなさい。それじゃわたし、見てきますねっ!」

「どうぞ、ごゆっくり」

 

 

 ◇

 

 

「あったぁ! ありましたよ~!」


 目的物を発見した少女はカバンを小脇に抱え、大切そうに本を両手で持ってこちらへパタパタと駆けてきた。


「これ! お願いしますっ!」

「ふふ……よほど嬉しいんですねぇ。ですけど、ここは図書館ですからね。少しボリュームを抑えてくださいよ」

「はっ! す、すみません……ついつい、テンション上がっちゃって。あはは」

「レイチェルさんは、恋愛小説がお好きなんですね」

「えっ? えへへ……はい。わたしもいつかこんな恋愛してみたいなぁ~なんて。白馬の王子様とか運命の出会いとかって憧れちゃうんですよね……子供っぽいって自分でも思うんですけど……」


「そんなことありませんよ。運命の出会い……は分かりませんが、貴女はチャーミングですからみんな好きになりますよ」

「えーっ そんなそんな……やだぁもう、ふふふ。それじゃ、また来週来ますねっ」

「はい」

 

 少女は本を大切にカバンにしまいこんで小走りで入り口へ向かう。クセなのだろうか、彼女はよく走っている。

 いつでも溌剌はつらつとしていて、笑顔を絶やさない少女。

 若者はこうでなければとは言わないが、実際そういう若者を見るとこちらも胸が躍る。

 いつも軽快な風を身にまとい、今日は特にワクワク――まるで音符のようにご機嫌な風を、彼女自身が五線譜であるかのように引き連れている。


 あの子はまるで、風の妖精のようだ。

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