14話 木曜日、通り雨
「あー! レイチェル姉ちゃん」
「あらら? フランツ。どうしたのこんなとこで。一人?」
「うん。ルカ姉ちゃんのカニ缶を買いに来たの」
今日学校は創立記念日でお休み。
わたしはぶらぶらとポルト市街へショッピングに来ていた。
「ルカのカニ缶。ルカは買わないんだ……」
「うん。お金の使い方分かんないんだってー」
「へえ……でもフランツは? フランツは貴族のお坊ちゃまでしょ? 買い物なんてできるの」
「できるよぉ。ちゃんと教えてもらってるもん。社会勉強だよー」
フランツは腰に手を当てて、エッヘンとふんぞり返る。かわいい。
「ふふふ……」
「レイチェル姉ちゃんは何してるの? デートとかなの」
「デ……違うよ、一人。当てもなくぶらぶらしてるの」
「ぶらぶら……何か買うわけじゃないの」
「買ってもいいし、買わなくてもいいの。店の雰囲気とか見たり、『わー、こんなの売ってるんだー』って見たりとかするのも楽しいんだよ」
「ふーん、よく分かんないなぁ。父上も『レディのすることは時にミステリアスだ』とか言ってたな~」
「ふふ、そうなんだ……ん?」
話しながら歩いていたら、何やら顔に冷たいものが。
ポツ、ポツ……さらにまた何滴か。
「あれー? 雨? すっごい晴れてたのに!」
「うわぁ、おれ傘持ってないよぉ」
「わたしも……」
話している間にも雨がどんどん降ってくる。
「ええええ……ウソぉ。フランツ、どっかで雨宿りしよ!」
わたし達はバタバタと近くの店に駆け込んだ。
◇
「うへぇ……止まないねぇ」
雨足はさらに強まり、ドザーと音を立てるくらいまでに強く降っている。
ちょっと濡れちゃったよ……。
駆け込んだ先は、パン屋さん。
パンの焼けるいい匂いがする……もうすぐお昼ご飯食べようとか思ってたんだった。お腹空いたなぁ。
ここのお店、イートインスペースがあるしちょうどいいかな?
「ね、フランツ、お腹空かない? 雨もなかなか止みそうにないし、ここでパン買って食べていかない?」
「あ、うん! 食べる!」
「ふふ、じゃあ好きなパン選んでてくれる?」
「うん!」
フランツはニコニコ笑顔でパンのトレーとトングを取りに行った。
(どれにしようかなー……。まるごと卵とチーズのパン、グラタンパン、プリンパン……どれもおいしそうだな~)
お腹が空くとどれも美味しそうに見える……。
ちなみにフランツはサッと好きなパンを選んでしまった。早い。
「あれぇ? アニキー!」
(ん……?)
店内をウロウロしていたフランツが声をあげた。『アニキ』ってこと……は。
「フランツ……さすがに街でその呼び方は勘弁してくれないか」
「あ、グレンさん!」
パンのトレーとトングを手に、グレンさんがフランツと歩いてきた。
白い長袖シャツとグレーのズボンというラフな格好だ。背が高くて体格がいいから、それだけでも決まって見える。かっこいい。
「レイチェル? どうした、フランツと二人って珍しいな」
「偶然出会いまして。……それで、急にこの雨に遭ったんで雨宿りがてらお昼にしようかと」
「そうか」
「グレンさんは今日は冒険はなしですか?」
「アニキは木曜日は完全オフの日なんだよね」
「ああ」
「えー、そうなんだ。この辺に住んでらっしゃるんですか?」
「まあ……この辺というか、なんというか」
「?」
「ここの3階に住んでる」
「ええーっ!」
思いがけず思いがけない人の家を知ってしまった。
ルカとかみたいに砦に住んでるわけじゃないって言ってたもんね。
「常連さんとかですか?」
「まあな」
「なんか、すごいいっぱい買うんですね……」
グレンさんが手にしているトレーには、すでに10個くらいのパンが置いてあった。
「これは今日の昼と夜と、明日の朝の分。今全部食べるわけじゃないぞ」
「さ、三食パンですか? 自分で作ったりとか……」
「すると思うか?」
「いいえ」
わたしが即答すると、グレンさんは少し笑ってまたパンを物色しはじめる。
実際、砦にいてもグレンさんが料理を作ることはない。
厨房に入るとロクなことがない、劇物ばかり作るから、と食の神たるジャミルがキッチン出禁にするレベルらしい。
前に作ってた、カイル直伝だという「エクストリームココア」も味噌とか入っててとんでもなかったもんね……。
ちなみにこれを教えたカイルが作った本物の「エクストリームココア」はちゃんとおいしかった。
ジャミルとレシピ交換しあってたな~。
……って、それはそれとして。
わたしはようやく自分が食べるパンを選び終わり、フランツが食べる分とともに会計を済ました。
グレンさんもさらにパンをひょいひょいと追加して、合計15個くらいになったパンの会計を済ます。
「それじゃあ、俺はこれで」
「あ、はい」
「え~~~~っ」
「「…………」」
「え~ って何だよ……」
「ね~ アニキ~ アニキもここで一緒に食べていこうよ~」
「ええ? ……嫌だ」
「な~ん~で~」
「すぐ上が自分の部屋なのにわざわざここで食べる必要がない」
「え~」
フランツは頭の上で手を組んで唇をとがらせる。
「最近、アニキはずっとカイルさんと一緒に食べてるんだもんな~。おれ久々にアニキと一緒に食事したいよう」
「……えぇ……」
拳を上下にブンブン振ってキラキラうるうるの目で見上げてくるフランツに、早く帰りたそうにしていたグレンさんもさすがに戸惑う。
確かにみんなが揃っている時は、グレンさんとカイル、わたしとベルとルカとフランツ、という風にテーブルが自然と別れてしまっている。
あとは、討伐の帰りに二人でジャミルの働いてるお店で食べてきたりとか。ベルのラーメン夜会だって、フランツは寝てるし。
「……はぁ……分かった、分かったから」
「ほんとー!?」
パッとフランツの表情が明るくなる。かわいい。
人の心を掴む術をよく知ってるなぁ。
金髪碧眼の美少年、フランツ。大きくなったら女の子にモテまくりそう……。
「俺の部屋で食べるのでいいか?」
「えっ? それは、構いませんけど。……逆に、いいんですか? お家にお邪魔しちゃうなんて」
「まあ雨も止みそうにないし、少しくらいなら。ただもてなすようなものが何もないから、飲み物とか欲しければ買い足しておいてくれ」
「分かりました!」
わたしとフランツは言われた通りに自分達の分の飲み物を買う。
店を後にし、グレンさんの後に続いてパン屋の横の階段を登っていく。
思いがけない所で思いがけない人に会い、そして家にまでお邪魔することになっちゃった。
(ドキドキお宅訪問……!)
そんな風に思って、胸が踊っていた。
――けれど、そのドキドキは長く続かなかった。
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