◆エピソード―館長日誌:1562年12月 壊れた暖炉

「館長、戻りました」

「お帰りマクロード君。ご苦労様」

 

 グレン・マクロードという青年がここで働きだしてから3ヶ月弱。

 今まで来てくれていた人の中で最長だ。

 私が書いたリストを手に、寄付する本、王都へ運ぶ本、損傷しているため破棄する本をひたすら仕分ける。

 そして、隔週で水曜日に王都へ本を運んでもらっている。

 

「道中魔物に襲われたりはしませんでしたか」

「2、3度ばかり」

「おや……大丈夫でしたか」

「箱には防護魔法がかかっていますし、戦闘中は置いてありますので問題ありません」

「いえいえ、君がですよ」

「……私は別に。この辺りの魔物は、大した強さではないので」

「そうですか、それはよかった」

「それでは、今日はこれで失礼します」

「はい、お疲れ様」

 

(堅いですねぇ……)


 どこかの軍か騎士団か――何か規律正しい所に所属していたのか背筋はいつもまっすぐで口調は堅い。

 決まって始業時間15分前に来て、与えられた仕事を黙々とこなし定刻になればすぐに帰っていく。

 昼休憩中は喫茶店へ行き、行かない日は何か買ってきて一言も発することなく食事を済ます。

「おはようございます」「分かりました」「了解しました」「問題ありません」「戻りました」「失礼します」「お疲れ様です」

 発するのはこの7つくらいのものだった。

 

 感情も口数も少ない青年。それは彼本来の性質なのかもしれない。

 仕事をきっちりこなしてくれているのだから構わないが、何故かとても気がかりだ。

 同じ紋章使いだから気にしてしまうのだろうか。

 

 

 ◇

 

 

 その日は特に冷え込む日であった。

 そんな時に限って、暖炉が壊れてしまった。

 この暖炉は光の魔石が埋まった炉に火の魔石を放り込んで反応させ火を起こす、魔法タイプの物。

 炉の中の光の魔石がどうにかなってしまったのか、はたまた火の魔石の期限切れか。

 とにかくこうなってしまうと、修理師を呼ばなければならない。

 

「おはようございます……」

「ああ、おはよう」


 いつものようにマクロード君が出勤してくる。


「……寒いですね」

「ああ、すまないね。暖炉が壊れてしまって」

「暖炉が……?」


 天気の話すら一切せず表情もほとんどない彼が業務以外の言葉を発し、珍しく顔をしかめて寒そうに両手を抱える。


「大丈夫ですよ、修理師に手紙を飛ばして来てもらいますから。それまでは物理的に火を起こしましょうか。すまないが倉庫にある薪を持ってきて、その後火を点けておいてくれるかな?」

 

 彼にマッチ箱を渡し、執務室へ。

 そして修理師に宛てた手紙を魔法で飛ばす――この年になると手紙を飛ばすのも少し時間がかかってしまう。

 その後暖炉のあるホールへ戻ると……時間がかかったにも関わらず、依然として冷えたままであった。


「――どうしたね」


 暖炉にはマクロード君が持ってきたであろう薪はくべてある。が、火が点いていなかった。


「いえ……すみません」

「?」


 彼はマッチ箱を手にぼんやりと立ち尽くしていた。

 しばらくすると意を決したかのように口を開く。

 

「……あの。これは、どうやって使うものですか……」

「!!」

 

 

 ◇

 

 

「――すまないね、マクロード君」

「……いえ」

 

 暖炉にくべた薪が燃えて、ホールは幾分か温かくなってきていた。

 使い方を知らない彼の代わりに私がマッチに火を点けた。

 マッチの使い方を知らない――それはおそらく彼が火の術師であり、それを使う場面がなかったからであろう。

 だが自身の術で薪に火を点けることはしなかった。

 魔法は心の力――おそらく彼は何らかの事象で心を損傷し、術を使えないのだ。

 マッチを必要としない程に火の術になじんできた青年が、その火を出すことができない。

 術師にとって術が出せなくなるということ、それは時に自己の崩壊に等しいものがある。

 

「マッチを渡せば誰もが火を点けられるはず」と、何も考えず彼にマッチを渡した自分を悔やんだ。

『どうしたね』と聞いた時、火を点けられないことを責められた、嘲笑されたと思ってはいないだろうか。

 

 暖炉の火を見つめる彼の目は相変わらず虚ろだ。

 まるで彼自身が息を止めているかのように、何の風も吹いていない――。

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