5話 お食事改革

「あ、おはよー レイチェル」

「おはよー……あれ? カイル」

「やあ、レイチェル。今日もかわいいね」

「うん。どうもありがとう」


 カイルの挨拶代わりの『かわいいね』を流す。

 金曜日に砦へ行くとベルが厨房でいつものようにラーメンを仕込みながらパンケーキを焼き、カイルは食堂で飲み物を飲みながら依頼リストを書いていた。……彼なりの丁寧な字で。

 先週に引き続き、今週も魔物退治は行っていないみたい……?

 

「今日金曜日だけど魔物退治は? 行かないの?」

「曜日はもう特に決めないんだ。あいつが定期の仕事やってる日以外に行くって感じかな。今やってる仕事は月・水で9月に終わるらしいんだけど、今月は金曜日も行ってるらしくてさ。だから今日はオフなんだ」

「ふーん……」

(グレンさん、金曜日も閉館の手伝いしてるんだ……)

 

 そして『9月に終わるらしい仕事』という単語に、胸がキュッとなる。

 月曜日に図書館に行ったらまたもう少し本が減っているんだろう。

 ――図書館は9月いっぱい。

 そうしたらもうあの図書館の扉を開けることはできなくなる。

 テオ館長はお孫さん夫婦の所に行ってしまう。

 ……司書のグレンさんにも会えなくなる。

 この砦で会うことはできるけど、もうあの空間で他愛もないつまらない会話はできなくなるんだなぁ……寂しい。


(ううう……鼻がツンとしてきちゃう……仕事仕事!)

 

「今日晩ごはんどうしようかな~! カイル、何がいい?」


 エプロンを巻きながら仕事モードに切り替え。


「俺? なんでもいいよ」

「なんでもいいが一番困るんですよぉー! 隊長もそればっかりですし」


 ベルが腰に手をやってプーとふくれる。


「確かに……」


 グレンさんは何を出しても「うまい」「天才」ばかり言う。

 ルカはとにかくパンケーキパンケーキ、そして料理は何を出してもペロリと大量に食べる。

 フランツも庶民の食事が珍しいためか貴族の教育によるものなのか、何でも食べる。

 それはそれでいいんだけど、何かリクエストがないと作りがいがないっていうか……。

 

「うーん。そもそも俺は欲しくなったら自分で作るしなぁ……どうせみんな『なんでもいい』って言うなら、5パターンくらいにしてそれから選ばせるっていうのは? メニューとか作ってさ」

「メニュー?」

「そう。兄貴みたいにその日の思いつきでなんでもかんでも作るとなるとしんどいだろうしさ」

「あ、なるほどぉ」

「5パターンってちょっと少なくありません? 隊長さん怒らないかしら」

「え~~? あいつなんかカレー・ハンバーグ・唐揚げ・オムライス、それから何か肉を焼いたやつさえあれば大丈夫だよ」

「なんだか子供が好きなメニューばっかり……」

「甘いものも好きだし、隊長さんてちょっと可愛らしいわよね……ギャップ萌え的な」

「ギャ、ギャップ萌え……。うーん、でも確かにメニューを決め打ちにすれば食材の発注も楽でいいかも……わたし達の好きなものは各自で仕入れればいいんだし」

「隊長が来たら聞いてみましょうか?」

「そうだね」

 

 

 ◇

 

 

「……と、いうわけなんですが」

「ああ……まあいいんじゃないか。二人がやりやすいようにやってくれれば」


 夜、仕事終わりに隊長室で依頼リストを書いているグレンさんにさっそく提案。


「よーし、そうとくればメニュー表を作りましょ!」

「そうだね! グレンさん何かリクエストありますか?」

「なんでもいいぞ」

「……強いて言うなら?」

「そうだな……カレーとハンバーグと唐揚げとオムライスと……なんでもいいから肉焼いたやつさえあれば俺は別に」

「「……」」


 わたしとベルは顔を見合わせる。カイルが言ったのと全く同じだ。さすが10年来の付き合い、分かってらっしゃる……。


「……何か?」

「いえ……他に何か、食べておいしかったものとかは」

「そうだな……酢豚とカツ丼だな」

「酢豚とカツ丼」


 ちょっと具体的なメニューが出てきた……って、それってもしかして。


「あの……ジャミルが作った、とか……?」

「ん? よく分かったな」

(……くうううぅう~~~っ)

 

 今の所、グレンさんの胃袋は完全にジャミルに掌握されている。

 ダメだ、どうやって勝つのこれ……しかも酢豚とかめんどくさ……いえいえ、好きだと言うなら作りますとも!


「まあでも本当に、二人の好きなようにしてくれていいから。酢豚は面倒だって聞いたし、カツ丼は昼に食うからいらない」

「お昼に? どこかの店で食べるんですか?」

「いや、ジャミルが出前で持ってきてくれる」

「えーっ! まさか毎日ですか?」

「ああ」

「えーっ!」


 ジャミルが作った、きっとすごくおいしいであろうカツ丼。それを毎日お昼にいただくっていうの?

 うらやまし……いえいえ!

 それじゃいつまでもジャミルが胃袋つかみ続けるじゃないですかーやだー!

 

「ジャミル君が……出前……」

「……君の分も頼んでやろうか?」


 両手の人差し指をいじいじしながらつぶやいたベルに、グレンさんがニヤリと笑いながら提案した。

 ベルは顔が一瞬で顔が真っ赤になる。


「な!? なななな……け、けっこうでございますことよ!! あ、あたしにはっ! ラ――――――メンがありますもの! ごめんあそばせ!!」

 ベルは大声で叫んだあと、カツカツとヒールの音を響かせながら隊長室をあとにした。


「あ、ベル!」

「ふ……」

(なんだろ……??)


 出ていったベルを見て鼻で笑うグレンさん。なんかすごく楽しそう……?

 最近なんだか、こんな風にベルをからかっていることが多いような。

 ……仲いいのかな? やっぱり年がちょっと近いから? うううやきもきする……。

 

「……レイチェルの所にはジャミルは来たりしないのか」

「え?」


 ベルが立ち去ったあと、グレンさんから謎の質問。

「ジャミルですか? 来ないですけど……どうしてですか? わたしに用事なんかないと思いますけど……」

「そうか。ならいい」

「え――。『レイチェルの所には』って、グレンさんの所には来るってことですか?」

「ああ、今日来た。図書館に」

「ええっ! でも金曜日は図書館閉めてるんですよね?」

「……ところが入ってきたんだ。本棚と本棚の間から突如現れた」

「えっ なんですかそれ……ホラー?」

「たぶん瞬間移動みたいなものだと思う。……何か、あの使い魔の紫の鳥の力を模索しているらしい」

「えええ……??」

「何か色々言っていたが、今ひとつ理解しきれなかった。深追いしすぎるなとは言っておいたが」

 

 そ、そういうのって大体おかしなことになるやつー!

 かわいいポテポテの鳥だけど……元は闇の紋章の眷属。

 荷物運びとかに使うって言ってなかったっけ? ジャミル、大丈夫なのかな?? 

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